2015年6月9日火曜日

小橋町、元町付近(1) 飴の俵屋 中田屋のきんつば

前回の続きで、小橋のすぐ脇の小路に入ると昔から庶民に親しまれている「飴の俵屋」がある。
昔ながらの家構えで、1階屋根の下には雪風などを防ぐ「庇下のサガリ」があり、2階の屋根の先端には雪などが落ちないように「カゼガエシ」がある。




















店の前には帆の布地に「俵屋」、「あめ」と書かれた暖簾がが何ともいえぬ老舗の風格がある。
金沢で一番古いあめ屋で、創業天保元年というから、もう180年というからすごい。
「俵屋のあめ」は初代次右衛門が、乳飲み子を抱えながら母乳が出ず困り果てていた母親の姿を見て、何とか母乳の代わりになる栄養価の高い食品がないか考えた末に作り始めたのがはじめといわれている。
「俵屋のあめ」の原料は良質の米と大麦で、穀物から甘みをえたもので、伝統的な職人技でできるという。




















店の前の小路付近には人をほとんど見かけなかったが、店の中には何人かのお客さんがいた。やはり観光客はいろいろな情報を見て、あまり目立たないところにあるが、金沢名物のこの老舗に来たのだろう。
「じろあめ」、「あわあめ」、「おこしあめ」など、いろいろなあめが並べられていた。




















店の中にあるガラス棚や錘を載せて計る秤も古めかしいし、また暖簾の向こうで独自の製法で「あめ」を作っているらしい。




















その作り方は、前日に洗った米を蒸し、乾燥させ砕いた大麦とお湯を加え7時間煮る。一度絞ってからさらに汁を蒸発させていくと「じろあめ」ができる。
おいしさは甘さと粘りにあり、その秘訣はお湯の温度に関係がある。














「北国新聞」より











「じろあめ」は水あめ状のやわらかいあめで穀物の自然な甘みが好評という。そういえば、昔、お祭りの屋台で棒が付いた「水あめ」を買ってよくなめたものだ。しかし、そのあめはここのあめより質が悪かったと思うが、それでもうまかった。
竹かごに稲穂と大麦の穂が飾ってあった。




















昔はよくなめたと思うが、最近はあまり口にしていないので、試しに「しょうがのじろあめ」をひとつ買った。




















「飴の俵屋」から東大通に出て「森山北」交差点を左に曲がった角に「きんつばの中田屋」がある。




















きんつばの前身は京都の銀つばにあり、江戸に渡ったときに銀を金に変わったと伝えられている。
その時に形は丸から四角に変わり、中の餡も変わったと伝えられている。
きんつばの原料は、北海道の大納言小豆とまろやかな風味をそこなわない純粋な氷砂糖、そして寒天、煮あげた餡を舟と呼ばれる型に流し込み、頃合をみて真四角に切り衣をつけて1枚1枚手で焼く。











「金沢のお菓子」より








店内には多くの種類の商品が並べられていた。ここの「きんつば」は金沢市にいくつもの店を出しており、私の家の近くにもある。お中元やお歳暮、お土産などとして時々利用する。




















「つば最中」は、夏場に作らないきんつばの代わりに作ったのが始まりで「きんつば最中」ともいわれたいる。
他に、加賀藩3代利常の時代から献上貸として名高い「大柴船」、蜜付けの大納言小豆、白小豆を錦玉で包んだお菓子などがある。これにはほんのり金箔を散らしているという。
いろいろ食べてみたかったが、今回は、「きんつば」はよく食べているので、えんどう豆独特の香ばしさ風味がふんわり広がる「うぐいす」と定番の大納言小豆が入っている「最中」を試しに買った。

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