2012年12月28日金曜日

東京、鎌倉、箱根散歩(4)

次の日、藤沢駅前のホテルから箱根に向かった。
この日も大変気持ちのよい、天気のよい日だった。
関東地方に来てからの4日間はいずれも風もなく、絶好の旅日和である。
約1時間余車を運転した後、箱根の関所に着いた。








































ここは江戸時代の初めから明治に廃止されるまで、旅人の往来を取り締まって
きた所だ。
解体修理の報告書を基に再現された関所から当時の様子がよく分かった。
「大番所、上番休憩所」、「足軽番所」、「遠見番所」などを見て回った。




















次に芦の湖畔に立つ箱根神社に寄った。関東の守り神として崇められてきた各社は
鎌倉幕府の祈願所だったことから運開きの神としても名高い。








































また、隣にある縁結び祈願の九頭竜神社は若い人に人気という。
ここで、祈ろうと若い女性の後ろで待っていたが、何分経っても一向に祈りが
終わらないので、やむなく隣に移った。よっぽど何かの思いがあったのであろう。




















その後、富士山が見えるビューポイントに車を止めて、カメラを撮った。
よく箱根観光のポスターに出ている、富士山、芦ノ湖、遊覧船と箱根神社の鳥居が
一度に撮れた。こんなにきれいに見える富士山を見るのも久しぶりだ。








































帰りには新しくできた新東名高速道路を通ったが、非常に走りやすいという
感じがする。
駿河湾沼津にあるサービスエリアに寄ったが、建物は地中海の港町をイメージ
した外観だという。テラスから駿河湾が一望できた。
館内ではマグロの解体ショーなどもやっていたし、レストラン、コーヒー店、みやげ店
なども非常にきれいだった。
時間があれば、ここでゆっくり過ごすのもよいと思う。




















3泊4日の関東地方のドライブであったが、北陸道、信越道の大雪以外は
非常に快適なドライブであった。
冬に関東地方にいくのも悪くはない。また機会があったら行きたいと思う。

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2012年12月25日火曜日

東京、鎌倉、箱根散歩(3)

次の日は東京から鎌倉に向かい、車で1時間半ほどかかった。
そして鵠沼にある親戚の家に行った。
というのも、鵠沼おばさん夫婦が今年の4月に金沢に来られて
3泊4日で金沢観光をした。そのとき、4日間ずっと私が案内役を勤めた。
そのお返しなのか、今回、鎌倉を案内してくれるということになった。
鵠沼の閑静な住宅街は道も狭く、車で行くのも大変だった。
家で一服した後、江ノ島に向かった。
途中、富士山がきれいに見えた。冬場の晴れた日は、よく見えることが
あるということだ。




















参道を通って、江ノ島神社に行った。
参道の周辺の店の食事処にはしらす丼などしらすを使ったメニューがウィンドー
にずらりと並んでいた。
江ノ島神社は3つの宮に三姉妹の女神が鎮座しているというが、江戸時代には
既に観光地として人気があったという。
さすが観光地だけあって、平日にもかかわらず人がたくさんいた。




























































昼食をとった後、一度は乗りたかった江ノ電に乗った。
民家のすぐそばを通る、レトロな電車で、すべて単線である。
どの時間帯でも、同じ時刻に到着、発車するので、時間があわせやすい
とのことである。
電車からは海が見えたが、非常に穏やかで、日本海の冬の荒波とは
まったく違っていた。
長谷駅で降りて、高台を少し登ると、長谷寺に出た。
ここの庭園はきれいに整備されて、季節には花ショウブやハスがきれいだという。
ここの目玉はなんといっても日本最大級の十一面観音菩薩像である。カメラ禁止
だったが見事なものであった。








































洞窟の中の岩に像が彫ってあった。




















次に高徳院にある鎌倉の大仏を見に行った。
高さは台座も含めて13.35mあり、1252年に作り始めたが、完成年や原型作者は
不明であるという。
室町時代までは大仏殿の中に安置されていたが、津波によって大仏殿は
壊れてしまったとか。




















大仏の中に20円で入ることができたが、鋳造のつなぎ目がよく分かった。








































高徳院の前から鎌倉駅までバスに乗って移動した。
鎌倉駅から鶴岡八幡宮までは、大通りの脇の小町通をぶらりと歩いた。
両側には店が並び、リーズナブルに小腹を満たすテイクアウトフード店がたくさんあった。

私は東京に住んでいたころ、三回ぐらい鎌倉を訪れたことがあるが、いずれも北鎌倉駅
で降りて円覚寺、建長寺、明月院や東慶寺などをよく見たが、今回の江ノ電からの鎌倉は
初めてである。

源氏の守護神を祭る鎌倉のシンボルである鶴岡八幡宮は、鎌倉に来たときはほとんど
訪れている。正月の初詣は全国有数の人出があるとか。




















二礼二拍手一礼をていねいにして、健康でいられるよう願い事した。





















本宮に上がる階段の横には、最近倒れた樹齢1000年の御神木の大イチョウが
根本近くから切られていたが、若い芽が出ていた。




















帰りに、若宮大路の通りの鎌倉彫りの店に入った。
平たい面に荒々しく掘って、その上に漆を満遍なく塗ったシンプルなもので、お盆や
手鏡などが展示されていた。
夜は鎌倉駅の近くで親戚の人と4人で和食に舌鼓を打った。

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2012年12月22日土曜日

東京、鎌倉、箱根散歩(2)

前回のつづきで、その後、ツタンカーメン展の切符を安く買えるという
話を聞いたので、上野のアメヤ横町に行った。
アメヤ横町は平日というのにもかかわらず、大変にぎわっていた。
魚介類や小物品などをたたき売りしていた。
店じまいで激安にするということで、かばんを買ってしまった。よく使えば
買った甲斐があるのだが?




















ここで、昼食のためにラーメン屋に入った、
ラーメンを食べていると、隣にいた30代くらいの若者が自分らの年金について
議論をしていて盛り上がっていた。私の30代の頃は年金については
何も考えていなかったが世の中変わったものだ、

上野の森美術館で開かれている「ツタンカーメン展」に行った。
1、2時間待ちは当たり前ということだったが、10分くらいで入ることができ
運がよかった、
ツタンカーメン展はもう日本に来るのが最後だということを聞いていたので
一度は見ておきたいと思って来た。
内部のカメラ撮影はもちろん禁止だったので、画像では伝えることはできないが、
紀元前1000年くらいのエジプトの黄金の秘法がずらりと並び、3000年以上前に
こんなにすごいものがあったのかと驚いた。
内部が木で作られているが、表面は金色になっているものも多くあった。
金沢の工芸で象嵌が有名であるが、エメラルド色の宝石が象嵌で埋め込んで
あるものもあった。
黄金のツタンカーメンのカノポス、黄金の胸飾りや袖飾りなどは見ごたえがあった。

次に地下鉄に乗って、清澄白河駅で降りて、清澄庭園に行った。




















ここは三菱の創始者の岩崎弥太郎が築いたという水と名石の庭園であるが、
もとは豪商の紀伊国屋文左衛門の屋敷跡ともいわれている。




















池には鯉やカモなどの水鳥が悠々と泳いでおり、池の周りには築山や名石が
配置されていた。黒松などの木々には兼六園でいう「雪吊」もなされていた。




























































ここで、のんびり一日中休みたかったが、次のスケジュールがあったので
そこそこにした。

つぎに今、東京見物で注目の東京駅に向かった。着いたときは4時半くらいで
ちょうど夕暮れ時で見ごたえがあった。




























































この駅舎は明治建築界の第一人者の辰野金吾が設計し、大正3(1914)年に
開業した。
褐色の化粧レンガに白い花崗岩を帯状にデザインしたビクトリア調のドームが
特徴であった。
関東大震災は大丈夫であったが、昭和20年の大空襲で破壊した。その後
完全な形での再現を断念したが、今年、5年におよぶ保存、復元工事の末
完成した。
オレンジ色にライトアップされた東京駅の前には、私たちと同じように
「おのぼりさん」がいっぱいいてカメラを撮っていた。







































東京駅の中には、ホテル、レストランやスポーツジムなどがあったが、一体
いくらするのであろうか?
今日の散歩時間約7時間、18000歩でした。

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2012年12月19日水曜日

東京、鎌倉、箱根散歩(1)

12月10日に関東地方へ3泊4日でドライブに出かけた。
この日は大雪のピークで、前日までやめようかどうしょうか
迷っていたが決行した。
高速道路の富山県を走っている途中、3台の車が絡む事故や、
反対方向にスピンし、ガードレールに衝突している車などの事故を見た。
また、新潟県の新井、妙高付近では雪の降り方がひどく20kmの速度
で走った。しかし、小布施のパーキングを過ぎると雪がまったくなくなり、
快適に走れるようになった。
太平洋側と日本海側では天気がえらく違うことをあらためて実感した。
結局、午後2時ごろに着く予定をしていたが、品川のホテルに4時ごろに着いた。
この日は、上野で開かれているツタンカーメン展を見に行く予定だったが、
次の日に延期した。
この日は、夜に前の会社の同期の連中と新宿で飲むことだけになった。
久しぶりであったが、皆、相変わらず元気でなによりだ。

次の日、泊まった品川のホテルから泉岳寺まで歩いた
泉岳寺は元禄時に吉良上野介邸へ討ち入りを果たした赤穂47士の墓が
あることで有名である。




















藩主浅野内匠頭とその夫人を囲むように47士の墓が並んでいた。








































また、連判状を手にした大石内蔵助の像もあった。
そういえば、大石内蔵助の役をやった中村勘三郎さんが、先日、57歳の
若さで亡くなったが、あの時のすばらしい演技は今でも鮮明に覚えている。




















討ち入りがあった12月14日は、この寺にお参りに来る人が大勢いて、
店なども並び大変にぎあうという。























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2012年12月14日金曜日

香林坊・片町のジオラマ展見学

北国新聞交流ホール(赤羽ホール)で昭和30年代後半の香林坊、片町の
ジオラマ(立体模型)を見に行った。

このジオラマは金沢工業大学の水野先生を中心に写真や人の話など
に基づいて、そのころの香林坊・片町の町並みを1/50で立体的に
作ったというものである。

私が中学、高校生の頃で、毎日、自転車で通学する際通ったところであり、
またよく遊びに行ったところである。




















香林坊の交差点の真ん中に、おまわりさんが交通整理をするための台があり
その中で電車のレールのポイント切り替えをやっていたのであろうか(?)
かどの丸い建物は香林坊のシンボルであった「魚半ビル」で、その向かいの
ビルのかどには本屋の北国書林があった。よく行ったものだ。




















その裏には映画館街があり、スカラ座、松竹座や角にはうどん屋があった
と記憶している。そして大神宮のお宮さんがあった。








































もう一本裏の道には、東映、日活、大映のの映画館、パリ菊水、ロマン菊水
もあった。
親戚のおばさんが日活の株主だったので、無料のチケットをもらってよく見に
行ったものである。




















日銀の向かいには、仙宝閣、英(はなぶさ)薬局、そして加登長のうどん屋
があったのを覚えている。




















ビルの屋上にナショナルの看板があった片町センタービルや本屋のうつのみやビル
かどには林屋のお茶屋さんがあった。




















大和デパートの中には、その頃映画館もあり、屋上の乗り物は
大変にぎわっていたし、時刻の知らせに音楽やチャイムなどがなっていた。




















大和デパートの向かいには、パチンコ屋のモナコ、衣類のいとはんや
めがねの光学堂もあった。なんとも懐かしい。




















その当時の写真も展示されていたが、あーそうだったと思い出す。

























































石原裕次郎の映画のポスターがあったが、町のあちこちでよく見かけた。




















小学校の頃によく遊んだおもちゃも展示されていた。
野球ゲームは友達の家でよくやったし、雪がたくさん降った日に
滑り台を作って竹スキーで遊んだ。
ペッタ(メンコ)、こま、ブリキで作った乗り物のおもちゃなどなつかしい
おもちゃがいっぱいあった。
















































































週刊の少年雑誌がでて、少年サンデーやマガジンもよく読んだ。
金太郎と桃太郎が巨人と西鉄に入って野球で対戦する漫画が載っていた
のを覚えている。




















タバコの「光」は父親の愛用のタバコで、私がよく買いに行かされたことを
覚えている。




















会場には60,70代の人でいっぱいで、みな懐かしそうに「ここに何々があった」
「ここへよく行った」など話し合っていた。

1時間30分の見学だったが、時間を忘れて見入ってしまった。
大変楽しいひと時であった。

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