2014年1月17日金曜日

斎地神社 左義長

お正月に飾ったしめ飾りなどを焼く左義長があるということで、窪3丁目にある「斎地神社」に行った。
毎年、左義長には雪が積もっているときは尾山神社に、雪がない時は「斎地神社」に行っている。というのも「斎地神社」は近いが、急坂を上らなければならないので、一旦車が止まった後、発進するときよくスリップする危険な道路である。
この日はうっすらと雪が降ったが、道路には積もっていなかったので「斎地神社」にした。




















9時から始まるということで、10分前に着いたが、もう駐車場は満杯で、その先の道路に止めてある車が何台かあったので、その前に車を止めた。
既にかなりの焼く物が積まれていて燃え盛っていた。お正月に飾ったものや書初めなどもあった。私が小学生のころに自分の書初めを燃やし、高く舞い上がると書道が上達するということで、一生懸命に棒で上げようとしていたことや、また、その火で焼いた芋を食べて大変おいしかったことを思い出した。




















「斎地神社」は通常宮司がいなく、寺町にある八坂神社(以前このブログで紹介した)の宮司が兼ねている。お祭りやお正月などイベントがあるときに関係者が来るようである。鳥居から拝殿までにはかなりの階段を上らなければならない




















「斎地神社」は古来、窪村の産士神として崇拝を受けていたが、後に地頭伏見家や因幡家一族の尊信厚く、社殿の造営も行われたという。
拝殿の前には、普通は1本しかない上部に鈴のついた紐がここには2本あった。この紐を引っ張り鈴を鳴らし、左義長は無病息災を祈るということで丁寧にお参りした。




















拝殿の中は以前イベントがあったときに入ったことがあるが、明治時代くらいの立派な絵馬が何枚か飾ってあった。、その中に日露戦争の絵があり、この戦争で仁川沖の海戦で活躍した郷土の海軍大将の「瓜生(うりゅう)外吉」の名前が確かではないがあったと覚えている。




















境内には奉納された馬の像もあった。























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