2012年12月14日金曜日

香林坊・片町のジオラマ展見学

北国新聞交流ホール(赤羽ホール)で昭和30年代後半の香林坊、片町の
ジオラマ(立体模型)を見に行った。

このジオラマは金沢工業大学の水野先生を中心に写真や人の話など
に基づいて、そのころの香林坊・片町の町並みを1/50で立体的に
作ったというものである。

私が中学、高校生の頃で、毎日、自転車で通学する際通ったところであり、
またよく遊びに行ったところである。




















香林坊の交差点の真ん中に、おまわりさんが交通整理をするための台があり
その中で電車のレールのポイント切り替えをやっていたのであろうか(?)
かどの丸い建物は香林坊のシンボルであった「魚半ビル」で、その向かいの
ビルのかどには本屋の北国書林があった。よく行ったものだ。




















その裏には映画館街があり、スカラ座、松竹座や角にはうどん屋があった
と記憶している。そして大神宮のお宮さんがあった。








































もう一本裏の道には、東映、日活、大映のの映画館、パリ菊水、ロマン菊水
もあった。
親戚のおばさんが日活の株主だったので、無料のチケットをもらってよく見に
行ったものである。




















日銀の向かいには、仙宝閣、英(はなぶさ)薬局、そして加登長のうどん屋
があったのを覚えている。




















ビルの屋上にナショナルの看板があった片町センタービルや本屋のうつのみやビル
かどには林屋のお茶屋さんがあった。




















大和デパートの中には、その頃映画館もあり、屋上の乗り物は
大変にぎわっていたし、時刻の知らせに音楽やチャイムなどがなっていた。




















大和デパートの向かいには、パチンコ屋のモナコ、衣類のいとはんや
めがねの光学堂もあった。なんとも懐かしい。




















その当時の写真も展示されていたが、あーそうだったと思い出す。

























































石原裕次郎の映画のポスターがあったが、町のあちこちでよく見かけた。




















小学校の頃によく遊んだおもちゃも展示されていた。
野球ゲームは友達の家でよくやったし、雪がたくさん降った日に
滑り台を作って竹スキーで遊んだ。
ペッタ(メンコ)、こま、ブリキで作った乗り物のおもちゃなどなつかしい
おもちゃがいっぱいあった。
















































































週刊の少年雑誌がでて、少年サンデーやマガジンもよく読んだ。
金太郎と桃太郎が巨人と西鉄に入って野球で対戦する漫画が載っていた
のを覚えている。




















タバコの「光」は父親の愛用のタバコで、私がよく買いに行かされたことを
覚えている。




















会場には60,70代の人でいっぱいで、みな懐かしそうに「ここに何々があった」
「ここへよく行った」など話し合っていた。

1時間30分の見学だったが、時間を忘れて見入ってしまった。
大変楽しいひと時であった。

より大きな地図で 香林坊、片町 を表示

2 件のコメント:

  1. 昭和49年から5年間暮らしておりました。ジオラマの写真、本当に懐かしいです。
    生まれて初めて「うな重」を食べた「魚半」、「うつのみや」や「北国書林」、
    あいにく行けなかった昨年夏の同窓会、懐かしくほろ苦い「青春の城下町」の思い出が蘇ります。

    返信削除
  2. 察するところ学生時代に金沢で過ごされたのでしょうか?多感なときで、それぞれ楽しかったこと、悲しかったことなどいろいろ思い出があることと思います。今、金沢は魅力ある街を目指して変わろうとしています。また、金沢に足を運んでください。

    返信削除