高齢にもなったので、見に行くこと、調査すること、作成(パソコン業務)がだいぶきつくなってきたので、来年度からは、これまで続けてきた掲載間隔3~5日(6日)をもっと楽にやれるように、出したくなったら掲載するようにしたいと思います。よろしくお願いします。
今日は久しぶりに天気が良かったので「尾山神社」の年末の様子を見に行った。(12月28日)
裏門から入ったが、この門は金沢城二の丸御殿にあった一見一戸の向唐門と言われている。1870(明治3)年に卯辰山にある招魂社の神門として移され、1963(昭和38)年に現在地に移された。文化5年の二の丸御殿火災の際に、唐門に施された二匹の龍が水を呼び、この門だけが何を流れたという伝説が残っている。
「尾山神社神苑」の奥に積みあげられた岩石の上から水が流れ、神苑の池を潤しているが、この水は辰巳用水の水で、兼六園の「瓢池」の方から「逆サイフォン」の原理で、ここに水が流れている。横に六角の笠を持った「雪見灯篭」が置かれている。
2日前に5cm降った雪がまだ残っている13代前田斉泰が作庭した、雅楽を模した庭園の「尾山神社神苑」
拝殿横にある大きな蓮華に小さな蛙が置かれている。
拝殿前には多くの人がお参りに来ていたが、ほとんどは観光客だろう。
手水鉢付近には、初詣がもうすぐなので、多くのお客さんに物を買ってもらおうと、露天商のテントが並んでいた。
神門の扉には細かい彫刻の中に前田家の「梅鉢紋」がある。
さらにその上には花鳥などの細かい彫刻がなされている。最近はこういう細かい彫刻をする人がほとんどいないそうである。
神門前には立派な二つの門松が置かれていたが、正月の準備万端である。
また境内に戻ると、背の高い立派な灯篭が立っていた。
神社を出て外に出ると、「合同庁舎」前には「雪吊」された木に椿が咲いていた。そういへば「合同庁舎」の建物は老朽化しているので移るという話を聞いたばかりである。廻りに旧四高公園、尾山神社、玉泉院丸庭園のある場所に少し違和感のある建物と思っていたが。