2015年12月1日火曜日

兵庫県の城巡りと北関西ドライブ(1)姫路城①

10月29日~31日まで3日間、今年になって敦賀と小浜間の高速道路が開通したということで、割りに近い距離でありながら,まだ一回も訪れていなかった北関西方面と、今話題の兵庫県の姫路城と竹田城をドライブで巡った。
出発前に別の用事があり遅れてしまったが、まずは5年6ヶ月にも及ぶ平成の大修理を終えた姫路城に行った。
姫路城は何といっても奈良の法隆寺とともに1993年に日本では初の世界遺産になった所で、現在残っている中で最もきれいですばらしいお城である。私は25年位前に息子たちを連れて訪れて以来になる。


























城の入口はチケット売り場がある「菱の門」であるが、「国宝姫路城」の看板が掲げられていて、大きな櫓門になっている。白漆喰庇の付いた格子窓や木製の花菱が飾られているのが名前の由来という。




















「菱の門」をくぐると、「三国堀」があるが、これは敵を分散させる目的で作られた捨掘であるらしい。ここから見る天守閣が一つのビューポイントである。




















ここから「いの門」、「ろの門」など六つの門は慶長年間に広まった貴重な高麗門の旧様式であるという。





















「ろの門」は、同じく古い様式をとどめる脇戸付きの高麗門である。




















「はの門」の手前には通称「将軍坂」があるが、「暴れん坊将軍」をはじめ多くの時代劇のロケ地となった所である。その脇の土塀には、三角、四角、丸などいろいろな形状の「狭間」(さま)があり、鉄砲で攻撃するようになっている。これは敵から守るだけでなく美的であることも意識されていたという。このような「狭間」は城内いたるところにある。




















「はの門」から「にの門」に続く土塀には侵攻を妨げる視覚的な罠がある。土塀沿いに進むとそこは行き止まりで、敵を袋ねずみにする仕掛けとなっている。


























本丸に入っても天守閣まではまだまだで、「水の一門」から「水に六門」までは背の低い門構えと人がすれ違うのがやっとの狭い道が続き、敵の侵攻を遅らせる意図があるという。




















「水の門」の途中から上を見上げると、石垣、白い土塀、白い屋根の庇の形状がよく分かる。




















石垣の途中に土塀を設け、その一部を切った形の「水の三門」で、この辺りの門は幅が狭く、天守から敵兵を狙い撃ちできるようになっているという。