2013年5月9日木曜日

彦三緑地、彦三町界隈

今回は、前日に新聞に彦三緑地のつつじが見ごろであると
載っていたので、見に行った。
彦三大通りを渡って歩いていくと「旧桶町」の標柱が建っていた。
桶町の由来は、藩政期の初めに藩の御用を勤める桶職人たちが
屋敷地を与えられ住んでいたからという。




















その先をまっすぐ歩いて、少し行って左に折れると、彦三緑地があった。




















彦三緑地に入ると多くの方がカメラを持って、つつじと牡丹を見に来て
いた。さすが新聞の力はすごいなあと思った。
介護を必要とする人が、付き添いの人と一緒に来ている人も多く
見かけた。
こういう天気のよい日は、部屋に閉じこもっているより、戸外に出て
きれいな花を観賞するのもよいと思う。




















ここのつつじと牡丹を何度か見に来ているが、たいへんきれいで
見ごたえがある。牡丹は大きな花の赤、白、紫などがあり、つつじも
赤、ピンク、白など多くの種類の花が咲き誇っていた。




























































同じ見物人から「この花は牡丹ですね」と聞かれたので、「そうです」と
答えたら「じゃあ石楠花はどんなですか」と聞かれ「わからない」と答えて
しまった。こういう花を見に来るからには、もっと勉強をしなくては。

ここは、もともと加賀藩士の遠田家の屋敷である。
4代目のつつじの作庭をした自省(みより)という人が前田吉徳の時代に
大少将から人持組になったという。遠田家は代々藩の重職に就き、明治
を迎えた。

彦三緑地の向かいには、やはり藩士の野坂氏の屋敷があり、長屋門に
つらなる土塀など旧態をよく残している。




















彦三町の由来は、この地に通称彦三と称する不破家の上屋敷を構えていた
からという。
もともと不破家は前田利家とともに信長に仕え、越前府中で33,000石を
領した大名でしたが、後に前田家に仕え、4,500石の人持組で活躍したという。








































彦三町は金沢市の中心街に近いにもかかわらず、閑静な住宅地である。
現在でも、長らく住宅地での土地の公示価格が、金沢市の中でトップクラスである。

今回の散歩時間 1時間30分、4,300歩でした。


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