2023年9月26日火曜日

尾山神社 宝物特別展

今回は、 尾山神社が御鎮座150年記念として宝物特別展が9月9日~12日まで開かれていたので見に行った。尾山神社は明治6年に、卯辰山にあった卯辰八幡宮から現在の地に御鎮座され、150年の節目になるが、今回の宝物展には、神社に保管されている160余点の宝物から江戸時代を通じて保護されていた卯辰八幡宮伝来のものから、神社創成期に前田家から寄進された前田利家公所縁のものなど50点が展示されている。今までに公開されたことはなく、初めての試みである。



















社殿の横の「金渓閣」から入った。ここは、以前は結婚式場だったが、その後数年前に私は孫の七五三の祝いで入ったことがある。この「金渓閣」は、明治6年創建当時の社務所が古くなり、昭和9年の建設の際には成巽閣の一部部材を移築して建てられ、表玄関は成巽閣玄関そのままを復元している。


















神社内の庭園には、木々の中に柵で囲まれているのは「辰巳用水」に使われた「石菅」の一部か?ここが「金谷出丸」時代の庭園の水は「石菅」を通して辰巳用水から来ていた。



















多くの見物客が来ていたので、展示物の部屋まで入るのに何分間か待った。


















床の間にはミニチュアの鯰尾兜が飾られていた。


















板戸には鮮やかに描かれた犬のお面を被った能演技の絵が描かれていた。この杉戸の絵「蘭陵王之図」は、社務所新築当時の金沢画壇を代表する「相川松端」が描いたものである。
























宝物の展示物は、展示物に一覧表はもらえたが、カメラ禁止となっていたので、パンフレットや関係資料などから少しだけ紹介する。





































この展示物の中でも、私が特に注目したのは、利家公が身に着けていた鎧胴である。
鉄製で正面に天満宮と彫られ、両脇に梅と松の図柄を彫り、右側には前田又左衛門利家と刻まれている。鉄砲の玉跡がはっきり見える生々しいものである。
鯰の尻尾のような形をした兜を「鯰尾兜」と呼ぶが、そもそも鯰は大きな地震を引き起こす生き物として人々は当時から認識されていた。利家はその大きなパワーをもらいたいという思いから身に着けていたといわれる。
























悪慰(淡吹の面)は、鬼化迫るほど凄みを帯びた面である。寛永年間に前田三代藩主利常公の頃に、能登の海の沖に毎夜光るものがあるというので、網を打つとひとつの面がかかってきた。この面を持ち帰った所、いろいろ不思議なことは起こり、面は謡を口からを淡を吹き出したという。その後も不思議なことはやまず、町人の身でこのようなものを持っているのは恐れ多いということで、1639(寛永16)年殿様に謹上した。しかし前田家においても、異変が起こり、このようなものは家には置いておけないということで、尾山神社に奉納されたという。



















「前田利家公画像」は、鶴来にある「一閑院」伝来

























「前田利家公桶狭間凱旋像」
槍の先端に生首が刺さった鮮烈なこの絵図は何度か見たことがある。
























「斉泰・慶寧・利嗣三卿列座画像」
1873(明治6)年 旧加賀藩お抱え絵師である佐々木泉玄による肖像画





















尾山神社の宝物は何かあると思っていたが、素晴らしいものを見せていただいた。約450年以上前に前田利家が実際に戦場で使っていたという鎧、兜など初めて見るものばかりで感動した。今回公開されなかった他の宝物もぜひ見たい。