2014年9月25日木曜日

幸町、菊川界隈(3)

幸町、菊川界隈(2)の続きで、その後下菊橋が架かっている大通りに出た。橋の向こう側に「不老坂」や「辻家庭園」の建物が見えた。




















下菊橋から桜橋方面




















大通りの向こう側を渡ると「菊川町小学校」がある。「菊川」は犀川の雅名が菊水川といったことからこの名が付いたという。犀川は普段は静かだが、いったん大水になると暴れ川になったので、いつからか犀川になったという。犀川は全国にいくつかあるが、どれも暴れ川のようだ。














































藩政期に加賀藩の政策として当初、芝居、遊興を禁止していたが、町の商業活性化の一環として1818(文政元)年に芝居小屋が、1820(文政3)年の12代藩主斉広の時に茶屋街が公認され、この「菊川町小学校」のところに芝居小屋が、また、犀川、浅野川付近に茶屋街が設置されたという。
芝居小屋は全国的に飢饉となった1833(天保9)年に一旦廃止されたが、文久(1861~64)ころに再興された。文政の頃には名優とうたわれた歌舞伎役者で宮腰出身の初代中村歌右衛門が出た。















金沢市史より




信号のある小路に入ると趣のある古い建物の「平木屋旗店」があった。店と向かいにある建物は登録有形文化財だそうで、店の前面にある蔀戸(しとみど)が残っている江戸末期の町屋様式の建物で、母屋のほうは足軽小頭の住居だった。昭和のはじめにこの平木屋が買って住居と仕事場としてそのまま利用しているという。旗や纏などを染めている染物屋だ。店の人と話をしたかったが来客中のようで遠慮した。








































染物の工程の中で「糊落とし」という作業があるが、「友禅流し」と同じで水の流れを利用して行われる。これを母屋の裏にある鞍月用水を使ってやっているという。




















また、少し歩くと「藤棚白山神社」があった。拝殿の前には藤棚があり、4月中旬から5月上旬に来れば藤のトンネルをくぐりお参りするということになる。








































境内には藤を見て詠んだという江戸時代の俳人 堀麦水の句碑「門には侍 籠のあけびや 藤の花」があった。当時から花見客で賑わっていたのだろう。


























神社の近くに店の上の看板に天保年間に創業で「ゴリ」と書いてある「白山屋」という店に入った。




















おかみさんが出てきたので店のことやこの辺りのことについて聞いたが、非常に親切に対応してくれた。ここでは「ゴリ」の佃煮や「くるみ煮」などを専門に売っているという。昔はすぐ近くの犀川で採れたものだが、今はいなくなって琵琶湖で採れるものを仕入れているという。
そういえば私の子供の頃はよく「ゴリ」の佃煮を食べたものだが、最近はあまり口にしていない




















店内には、大正時代のものという店の紋の木の箱(何というものなのか?)や提灯それにどこどこの料亭に出したことなどを記入した帳簿が下がっていた。




















次にその横の小路にある菓匠「百万石花園屋」の店に入った。





















ここは創業40年くらいだという。多くのおいしそうな御菓子が陳列されていた。他にも店を出しており、後で家の者が言っていたが、ここのお菓子は私の近くのマーケットでも売っているとのことだった。




















ここで今一番売れているという「萩だんご」と「栗饅頭」を買った。





より大きな地図で 菊川3 を表示

2 件のコメント:

  1. 「染」と染められた「のれん」は、金沢でも珍しいかと思いますが、こちら東京区部ではまず見かけません。
    昔は東京23区内でも「友禅流し」ほど高級品ではありませんが、「反物流し」が区部の中小河川で行われていました。
    川の中で、染めた反物を流しつつ「刷毛」で表面を擦っていた情景を思い出しました。今では、工場内の水槽で行っているらしいです。

    現在、昔「染」に関わるお店が多く集まっていた(現在でも数軒残っています。)新宿区・中野区の区境の西武鉄道・西武新宿線「中井駅」近くの「妙正寺川」で冬に「染の小道」と題した「染」に関するイベントが毎年行われ、昔を思い起こさせる風景が見られます。
    川に「反物」(近所の小学校の子供達・美術大学の学生達が「反物」に思い思いの趣向を凝らしています。)を架けたり、商店では「染」にちなんだ「のれん」を掲げています。

    河川の護岸強化で川幅が広げられ、更に深く掘られコンクリート製の護岸となり、河川が現代風に様変わりし「反物流し」が出来ない程の流れになっています。
    写真の「鞍月用水」はかなりの水量が見られるので、適宜「友禅流し」が行われているのではと勝手に想像しています。
    もしその機会に遭遇した際には、「友禅流し」の情景をブログで紹介して頂けたら幸いです。

    返信削除
    返信
    1. 友禅流し加賀友禅の工程のひとつで、染色後の糊や余分の染料を水のきれいな川で洗い流すというものですが、川の水が冷たいほど締まり、思い通りの色を染めることができるらしい。それで、昔は友禅流しは冬の金沢の風物詩としてよく見られました。私も何度か見たことがあります。最近は、やはり手軽にできるように工場で行われることが多くなり、残念ながらあまり見られなくなりました。それでも運がよければ浅野川などで見れることがあるとのことです。
      「平木屋」の旗や纏などの染物の流しは、昔ながらのやり方でやっているとのことですから、今でもたぶん家の近くの鞍月用水でやっていると思うので機会があれば紹介したいと思います。

      削除