2026年4月3日金曜日

山中温泉(3)九谷焼美術館 久谷赤絵の極致①

 山中温泉(2)絈野の大杉 八幡神社の続きで、翌日、大聖寺にある「石川県九谷焼美術館」で「久谷赤絵の極致」をやっているということだったので見に行った。久谷焼きの中でも特に好きな赤絵の素晴らしさは以前から知っていたのでぜひ見たいと思っていた。この建物は、久谷焼き専門の美術館としては日本でただひとつであるという。

































今回の展示は、長い歴史の中でも極めて重要な役割を果たした宮本屋窯(1832(天保3)年~1859(安政6)年)の作品を中心に紹介されていた。宮本屋窯は再興久谷のひとつで「方氏墨譜」(ほうしぼくし)から画題の一部から着想を得て、「久谷赤絵といえば宮本屋窯」という不動の位置を築いた。この立役者となったのは、飯田屋八郎右衛門で、宮本屋窯は別名飯田屋窯と呼ばれている。その後、明治以降の輸出久谷(ジャパンクタニ)の誕生や発展につながった。













伝統文化の茶の湯は、室町時代から始まったが、江戸後期になると町民階級でも広まり、日本の各地の釜で茶道具が焼かれた。宮本屋窯でも水指、香合、蓋置、茶巾筒などが作られた。また観賞用として文房具や煎茶に用いる急須、煎茶椀も多く作られた。
以下に宮本屋窯で作られた久谷赤絵の作品を紹介する。
「玉取獅子図鍔縁十二稜花浅鉢」
獅子と鞠の組み合わせは、雄と雌の獅子が戯れていると、毛が絡まりあい鞠のようになり、新しい獅子が生まれるという逸話から描かれるようになったという。


「丸抜唐草に組亀甲文四方水指」
赤絵と金彩がのみで仕上げ、四方の丸抜唐草の赤地が強い印象を与えている。


















「龍鳳呈祥に天文図硯屛」
龍と鳳凰が対峙した構図で「方氏墨譜」をもとに描いている。
























「瓔珞風唐草文六面徳利」
2種類の図柄が交互に六面に描かれている。印象的なのは赤丸文から逆三角形の瓔珞のように垂れ下がる縁の唐草模様である。
























「龍九子図水注」


















「南○之夢図六稜形鉢」
「南○之夢」とは、取り留めない夢、世の中がはかないことのたとえを唐の小説の中の故事をもとにして描いた絵である。


















「絵替農耕図四方小皿 十九客」
田植、から脱穀、俵詰までの工程を場面ごとに1枚づつ描いている。


















「福寿字六角水注」
六角に面取された縦長の水注で、四面に「福」と「壽」の字が表されている。蓋には「龍鳳呈祥」の字があり、「方氏墨譜」から文言をとったと考えられる。
























令和の久谷赤絵の作品



















この急須は、胴体の薄さが素地と釉薬を合わせて1mm程度しかなく、重さは173gで非常に軽い。米1号炊き上げの時点で約350gであるため、この急須は約1杯分の米の重さと同じである。古来より急須でできの良いものは、持ち手の部分を軸にして本体が平面に立つ。






















「白龍之駿図土瓶」
「白龍之駿」とは中国・周王朝の穆王が所有した八頭の駿馬を指す


















この宮本窯の微細描技法はい1mmの中に7から8本の線を描くとい世界でも類を見ない赤絵が書き込まれた磁器である。