2020年8月6日木曜日

重伝建 東谷地区(2)荒谷町 今立町 辻政信の碑

重伝建 東谷地区(1)荒谷町の続きで、「鶴ヶ滝」を見た後、戻って「荒谷神社」の方に行った。




















また「荒谷神社」の裏には、加賀市指定天然記念物という大きな枝垂桜がある。花見の季節にはすごくきれいだろう思う。



















「荒谷神社」の鳥居と本殿、灯篭、狛犬が並んでいる。



















拝殿は大正3年の建築で、所々に彫り物が施された本格的な造りである。ここの扁額の縁が変わった形状をしていた。そして賽銭箱に梅鉢紋が記されていた。
























続いて、「今立町」の方に行った。ここの拡大マップがあり、約30軒くらいの民家が残っているようだ。「新保の池」には、昔ここへ能美郡新保村から来た二人の農夫が、この池の水を利用して暮らし始めたのが今立の発祥であるという。



















「今立町」の赤瓦の家並み



















地図に「野世家住宅」が載っていたので、訪ねてみるとここの人が出てきて少し話ができた。住んでいる所は別らしいが、昼間はここで仕事をしているという。古い時計を修理する商売をしているらしい。店の中には、修理途中の古い時計が置かれていた。(このブログでも紹介したが、野町にもそういう人がいたのを思い出した)家の前にはひょうたん型の抜き穴の中にいろいろな大きさの木の切り口でのアートが飾られていた。



















この家は大正時代に建てられたものだが、1階の玄関周りは当時の木材そのままであるが、2階の屋根は黒い瓦に葺き替えられ、壁や格子戸、貫なども改修されたらしい。



















その近くの民家には2,3年前に都会(?)から来た人らしいが、チェーンソーで木材のアートを作っているらしい。玄関に作品が並べられていた。都会の人でこうゆう田舎暮らしにあこがれている人も多いだろう。コロナ後は田舎暮らしする人も多くなるのでは?



















以前の建物のままで、新しい板塀に改修された家もあった。



















「なごみ庵」ではカフェなどをやっているが、創作工房や田舎暮らしの体験などで部屋を貸すこともできるという。




















この近くに「辻政信誕生の地」に碑があった。太平洋戦争の大本営陸軍参謀として活躍し「マッカーサーに殺されてたまるか」と戦後に逃亡し、時効になった後ベストセラーとなった「潜行三千里」の本を出し、国会議員となって活躍し、さらにラオスへ視察中に行方不明になったまま死亡という波乱万丈の人生を送った人である。石川県の外れのここの生まれであったと初めて知った。



















この「辻政信」は私が小学生の時に、武蔵ヶ辻の交差点付近で車の上で「選挙演説」している姿を学校の帰りに見たのを覚えている。その時は石川1区で「井村重雄」、「岡良一」に次いで三番目で当選したと記憶している。この人はすごい人生を送ったということを随分後で知ったものだ。