2019年2月2日土曜日

三社 長土塀界隈(2)神保緑地 珉徳寺

三社 長土塀界隈(1)「豊田白山神社 三社どんど」の続きで、「昭和通り」に出ると「金沢中央郵便局」の大きな建物がある。以前は博労町にあった「金沢中央郵便局」を1973(昭和48年)に新たに建てられ移った。以前の建物には家から近かったせいもあり、学生時代にアルバイトもしたことがあるので何度も入ったことがあるが、ここは一度も入ったことがない。



















建物の前にある巨大なポストは、金沢市と姉妹都市ベルギーゲント市の郵便局との友好姉妹都市記念のオブジェだとか。
























その隣の大きな建物は「金沢市女性センター」で、一度は建物がリニュアルしていると思うが以前は「婦人会館」という名称でそちらのほうがなじみがある。いろいろな会合や講座などに利用されている。




















「金沢市女性センター」前の交差点は「三社交差点」で、尾崎神社からここまでの通りと「昭和通」が交差するところで、いつも交通量が多いところだ。斜め向かいのお寺はこのブログでも紹介した「超雲寺」である。この「昭和通」は名前が示すように戦前の昭和16年に金沢駅から元車交差点までできた通りである。この通りができたことにより、この辺りに「長土塀」の名前通り多くあった武家屋敷の土塀がなくなっていったという。



















交差点より右に曲がったまっすぐ行くと「蔦町」の標柱があった。「加賀藩士禄高七千六百五十石の青山氏の下屋敷(家中町)があったところで、同家の家紋「丸の内蔦」にちなみ、明治の初めこの名がついた。」とあった。
























「JR北陸線」が走っている高架付近の道路に沿ってある公園は「三社神保緑地」という。この地はかって石炭販売業神保商店があったが、創業者八十吉の33回忌にあたり遺族から金沢市に土地を寄贈されたという。



















遺族の神保敏子氏の意を汲んで「室生犀星」の詩「ふるさと」の碑が昭和57年に建立された。この詩碑は神保商店の門柱だった御影石を両脇に配置している。「雪あたたかくとけにけり・・・・」は「木の芽」早春の詩集である。



















緑地内に立派な古めかしい石碑が建っていたが、黒本稼堂の「新道開削紀功之碑」で昭和8年に建立されたものだ。黒本稼堂は長町に住んでいた漢学者で、五校の教授をしていた時に夏目漱石と交流があったという。金沢神社境内にある「北条時政顕徳碑」、卯辰山にある「箔業祖記功碑」に碑文と書は稼堂だという。
























「旧三社五十人町」には社僧道珍が開いた真宗大谷派の寺院「珉徳寺」がある。



















ここの本堂は開かれていたが、ひっそりしていた。本堂前の扉には「違い・・・葉」?の紋が刻まれていた。檀家である水巻栄蔵家の墓があり、その横に戸室石で作られた地蔵尊が安置されている。