2013年12月6日金曜日

寺町通り左側界隈(1)

前回の続きで、寺町通りを野田方面に向かって左側を歩いた。少し歩くと、金沢の高級料亭の中でもひときわ高く、歴史もある「つば甚」がある。以前、私が舟木伝内の復刻料理の食事のイベントに参加したのをこのブログで紹介した所である。
ここは、前田利家が尾張にいた頃から、代々お抱えの鍔師であった。後に、友人、知人をもてなす料理が評判となり、藩主や重臣が訪れたという。
明治以降も伊藤博文など文人墨客が多く来ており、戦後まもない首相の吉田茂の長男の吉田一郎がここに長く滞在し、「金沢」という作品で金沢の料理を紹介している。大小いくつかの部屋は、それぞれ有名人が使用したものでどれもすばらしい部屋であるという。




















その隣には「寺町5丁目緑地」の小さな公園がある。




















ここの入口に中原中也が書いた「金沢の思い出」の作品の一部が記されていた。詩人の中原中也は、軍医であった父の転属に伴って、幼年時代に金沢に過ごしており、この辺に住んでいたという。




















その隣には、「三光さん」で有名な「諏訪神社」がある。毎年旧暦の7月26日に月の出の時刻に併せて「月待ち」の行事がある。卯辰山の稜線から月光が三つに分かれて昇りはじめ、それが合体して見えるので「三光さん」と呼ばれているという。
三代利常の時に、鷹狩りの祈祷のため信州諏訪明神を勧請、合祀したという。








































その先を歩くと、「妙典寺」がある。この寺にある釜師宮崎彦九郎義一の「鋳造三具足」は金沢市の指定文化財である。




















桜橋に降りる道を越えると「高岸寺」がある。ここは、もとは前田利家の正室まつの実家の高畠家の菩提寺で高畠石見守の奥方は利家の妹の「津世」である。また、九谷焼絵付けの祖である後藤才次郎の墓がある。




















その隣には「長久寺」がある。ここには樹齢400年近くになるギンモクセイが2本寺の前にドーンとあった。その横には芭蕉の句碑「秋涼し 手毎(てごと)にむけや 瓜茄子(うりなすび)」があった。




























































また寺の前方には、樹高18m、枝幅15mのケヤキの木がある。ケヤキは社寺建築によく利用されている木である。




















この付近は寺町寺院群で寺がたくさん並んでいるが、平日の午後なのでどの寺も境内には誰もいなく、いろいろ聞きたいこともあったができなかった。

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