2012年7月20日金曜日

十間町、大手町界隈(2)

前回の十間町の続きで、その後大手町を歩いた。
大手町は藩政期、金沢城の大手口であったのでこの名がついた。





















大手門である尾坂門の石垣は慶長年間(2代利長の時代)に作られたもので、
ここには特に、畳3~5畳もある巨大な鏡石が用いられている。
城の正面玄関にふさわしい偉容を備えている。























尾坂門の向かいには、今は「総合健康センター」が建っているところに
市立図書館があった。(現在は玉川図書館に移っている)
私は、昔ここで読書したり、勉強をしていたことがある。





















また、尾坂門を見て、左となりに「白鳥路」がある。
藩政時代は堀だったが、今は埋められ遊歩道になっている。
ここに白鳥がいた堀だったという説と、3代利常夫人の珠姫が
江戸城の白鳥掘をしのんだという説がある。





















尾坂門を見て、右となりには「大手掘」がある。唯一ここは埋められなかった。
私は小学生のころ、ここによく来て、付近の土の中にいたミミズやダンゴをえさにして
魚釣りをした。





















大手掘の横(尾坂門の反対側)に「黒門」がある。
利家の前に、金沢御堂を攻略した佐久間盛政が居住していたころは
ここが正門であったという。





















黒門の前に「黒門前緑地」がある。





















利家の4女の豪姫が、夫、宇喜多秀家が八丈島に流刑された後、金沢に戻り、
この付近に住んでいたという。









































黒門前緑地のなかには、金沢地方検察庁検事正官舎とアドレナリン、タカジアスターゼ
でゆうめいな高嶺譲吉のゆかりの家屋が移築されている。
高嶺家は譲吉の父(げんろく)が建てた一部で、書斎、茶室として利用された離れ
にあたるという。

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