2016年7月23日土曜日

2016東京ドライブ(8) 富岡製糸場② 七日市藩陣屋跡

2016東京ドライブ(7) 富岡製糸場①の続きで、ほかにも建物がいくつかある。
首長館(ブリュナ館)はフランス人指導者のポールブリュナ家族が住んだ建物である。木骨煉瓦造りの平屋で、周囲にベランダが設けてある。ブリュナは養蚕、製糸、生糸に確かな目を持ち、取引に長けていたという。




















「検査人館」は2階建てで、1873(明治6)年に建てられた。生糸の検査などにあたった技師たちの居住として使われた。2階には迎賓室もある。





















「女工館」は建物が2階建てで、コロニアル洋式である。ブリュナがフランスから呼び寄せた4人の女子技術指導員が住んだいた。大正時代には、食堂、会議室に使われた。




















工女たちの寄宿舎で、東西に2棟あり、約120の部屋数があったという。現在は老朽化し、近寄れないという。  




















繭から糸を集めて生糸をつくる座繰り作業を見学できた。繭の中から1本の糸の先端を探すのは、どうやってやるのか疑問に思っていたが、ブラシのようなものを使って簡単に取り出せると言っていた。このブラシは、自動機械になっても同じものが付けられていたという。




















桑を食べて育つ蚕は脱皮を繰り返し、5齢になって10日で糸を吐き出すという。この蚕が繭をつくる。




















繭がたくさん保存されている棚




















続いて、「富岡製糸場」を離れて、車で約7~8分のところにある「七日市藩陣屋跡」を見に行った。ここは、現在「富岡高校」敷地となっている。




















1616(元和2)年に加賀藩祖の前田利家の五男利孝が、大坂夏の陣での功績が認められ、上野の国で1万石を与えられ陣屋を築いた。天保12年に御殿や長屋を全焼し同14年に再建したという。現在の陣屋跡には、御殿の一部、黒門、櫓台、外周土塁、石垣などがある。屋根には「加賀藩の梅鉢紋」とは若干違う「星梅鉢」の紋が入っていた。




















門から御殿の間には庭園があり、つつじやあじさいなどがきれいに咲いていた。また池には大きな鯉が泳いでいた。




















「七日市藩陣屋跡」の西辺の石垣辺りに、1837(天保10)年ここの10代前田利和(としより)が、初代藩主利孝の200年忌にあたり建てたという元祖廟があった。高さが4.5mもあり、基礎の両面に利孝の事績を後世に伝える銘文が漢文で刻まれている。この丘は古墳時代に築造された円墳であるという。偶然に珍しいものを見ることができた。