2021年1月6日水曜日

小松 滝が原石切場

  山中温泉(2)芭蕉堂 医王寺の続きで、その後、那谷寺に近い小松市の「滝が原石切場」に行った。












この辺りには、他に「観音下(ながそ)石切場」や「鵜川石切場跡」など「小松の石文化」を支えている石切場がある。















今から約2000万年前に活発な火山活動によって小松の地下には、金や銅の鉱石、メノウ・オーバル・水晶などの宝石群、良質の凝灰岩石材・九谷焼鉱石などの豊かな地下資源が生み出された。小松の人達は、この大地の宝を2300年にわたり、時代のニーズと高い加工技術によって活用された。




「小松石文化」パンフレットより












弥生時代には、現在でも再現が困難といわれる加工技術によって碧玉アクセサリーが制作され、有力者を魅了したという。日本有数の産出量を誇り、明治維新後の加賀の経済を支えた鉱山は、世界を代表する鉱山・建設機械メーカーを生み出すことになった。地元の石材で作られた石蔵などの町並みや九谷焼など石文化は今でも生活の中に息づいているという。




「小松石文化」パンフレットより













滝が原町の道路を走っていると左側の山の下に大きな石切場があった。ここは「西山石切場跡」で、1814年ごろから採掘がはじまり、周囲に3つの石切場があったという。




















この洞窟の中には入ることができるが、予約が必要でガイドもしてくれるらしい。



















さらに奥に進むと「滝ケ原アーチ石橋群」がある。ここは、滝ケ原地内を流れる宇谷川とその支流である西口川に架かる石橋群をいう。堅牢・良質な滝ケ原石を使って、地元の石工たちにより建設されたもので、明治後期から昭和初期とされている。農林業や各村間の行き来など、地元住民の生業や生活に密着する形で利用されたという。
一番上流にあった「東口橋」は、もっと橋全体を写したかったが、道路から川に降りる崖は木が生い茂りうまく写せなかったがあしからず。


















「丸竹橋」はここの出身の坂本竹次郎の出資により1935年に架設された一番新しい橋である。坂本氏に屋号の「丸竹組」から名付けられたという。




















橋付近にあった「寄せ灯篭」は戸室石と描かれていた。



















「莪山橋」は支流の「西口川」に架かっている。ここは現存する5つの橋のうち、唯一コンクリート床板が施工されていないという。生活道路として1900年代初頭に架設されたとされる。



















滝が原地内にはかって11個あったといわれる石橋も、現在では5橋だけとなったが、1地区にこれだけ集中しているのは、本州では極めて珍しいという。
このあたりを歩いていると、たわわに実った「ミカンの木」があった。