2021年5月31日月曜日

小原古邨展(2)

 小原古邨展(1)の続きで、小原古邨の木版画の特徴について紹介する。

江戸時代に流行った「浮世絵」の中には、木版画が使われ大衆庶民に広まったのは、大量生産と低価格が可能で、蕎麦1杯分で買えるようになったことがあげられる。特に「歌川広重」や「葛飾北斎」、「喜多川歌麿」など有名な絵描きが出ている。「浮世絵」は絵師本人が好んだ絵柄がそのまま売れるのではなく、大衆が認めたものが売れていき、人々の感性に支えられてだんだん洗練されて、芸術性が高まったという。

「葛飾北斎 富嶽三十六景」より


















「歌川広重 東海道五十三次」より










明治に入って外国に日本の「浮世絵」ブームが起こり高い評価を受けたが、その頃は「葛飾北斎」などの名品は入手困難で、その当時活躍していた画家たちに絵をかいてもらい、伝統的な浮世絵を駆使して摺った作品を輸出した。外国人に浮世絵がどう思うかを相談しながら試行錯誤を苦理解した。そういう中に「古邨」も画家のひとりとして「新版画」として加わっている。

「浮世絵商の小林文七は版元として出版した木版多色摺りの画帖」より








古邨の花鳥風月は、江戸時代の錦絵と呼ばれ、錦絵は浮世絵木版画であり、多数摺りの木版画はは何人もの協力者がいて、様々な工程を経て作品が出来上がる。絵師や彫り師、摺師などの共同作業から作り上げていく伝統的な方法である。








蓮の葉を帽子にして踊る狐は、ふさふさの毛が揺れ、見る人を和ませる図であるが、いくつかの絵図には、見比べると足取りに合わせて摺られた背景のぼかし、狐の毛並み、微妙に落款の位置も異なる。通常の大きさではわからないが、拡大してみると狐の細かい毛並みまではっきりわかるという。つまり彫や摺りによって異なった複数のパターンがある。


















「月に桜と鳥」の2図は、黒いカラスの腹の部分の羽の色が異なっているが、片方は雲母を使って灰色にキラキラしたものが見える。
























明治時代に美術錦絵と称した古邨の花鳥版画は、高度の彫りと摺りを必要とするものであった。下図は「蓮と雀」の版木で多くの版木が必要で、1枚に数回摺り重ねた個所や天候のために、実際には50~60回ほど摺り重ねられるという一つの版画が完成するまでには大変な作業であることを知った。





















2021年5月26日水曜日

小原古邨展(1)

今回は、石川県歴史博物館で「小原古邨展」をやっていたので、見に行った(5月10日)。この人は今まで全く知らなかったが、家のものが見たいと言っていたので、この人のことをいろいろ知るにしたがって私も見に行きたくなった。






































金沢出身の絵師・小原古邨は明治20年の生まれで、身近な自然が見せる一瞬の美をとらえた作品で、制作当時から海外で高い人気を誇り、最近ようやく国内でも注目を浴びているという。
























世界を魅了した小原古邨の花鳥版画の展示は金沢で初公開という。ワクワクして2階の特別展の部屋に入った。この展示は、浮世絵蒐集家・原安二郎(1884~1982)のコレクションにかかる明治期の作品に加え、安二郎の子孫が大切に保管されてきた大正・昭和期の作品も多いという。



















ここからはカメラ禁止なので、ポスター・はがき、その他の写したもので、私の気に入ったものを何点か紹介する。
まず目についたのは、スイスの高級時計メーカのフィリプスが2019年に腕時計の文字盤に「小原古邨」の木版画をもとにデザインしたものを売り出すと、即座に完売し一躍クローズアップされたという。華やかな花と躍動的な鳥が生き生きと描かれている古邨の作品はヨーロッパで特に人気があったという。


















「波に燕」は、波の紺、濃藍、白など色も複雑である。燕の紫燕、燕の羽の色なども複雑である。それよりも飛んでいる燕の姿がいかにもリアルに飛んでいる姿が素晴らしい。
























「桜とみみずく」も羽を広げたみみずくの躍動感が目を見張る。みみずくの複雑な羽の色や目を見ても生き生きと描かれている。




















「蓮に雀」は、蓮の花弁が開き始めた早朝、その茎に小雀が舞い降りた。夜露をためた葉が、小雀の重みに耐えきれずにこぼれ落ち、水音を響かせる。この現物の絵は花弁がこんもり立体感があり、雀もリアルである。




















「竹と雀」はポスターにもなっているが、顔をのぞかせた雀と目が合った瞬間に、雀と同じ空間にいるような気持になる。地面や竹の上部に施されたぼかしとグラデーションが、画面に一層の奥行と高さを生み出している。




















「雪中の鷹」は雪が積もっている枝に鋭い爪をもった鷹がどっしり留まっている。
























歴史博物館のガラス張りの休憩室で、自販機のパンとコーヒで一服した。このガラスに今回の特別展の「小原古邨」の絵が貼られていた。「鉢の中の金魚と猫」



















「紫陽花と雀」

2021年5月23日日曜日

梅雨入り直前 大乗寺公園から大乗寺(2)

 梅雨入り直前 大乗寺公園から大乗寺(1)の続きで、大乗寺の「総門」をくぐり、人影が少ない寺院内をゆっくり散歩した。ここは以前のブログでも紹介している
https://kanazawa-burari.blogspot.com/2016/10/blog-post_10.html




















クランクしている参道の角には、戦没者の英霊写経塔があり、中央に十一面観音菩薩、左に不動明王、右に延命地蔵菩薩が置かれている。


朱色の山門手前の右側に大木が天高くそびえていた。ここに寺院ができる前からあったのだろう。



















大乗寺は、わが国禅宗曹洞宗建築の典型的な七堂伽藍の配置を示している。
























山門をくぐるとその七堂伽藍の中心的な建物で、重要文化財の「仏殿」がある。そのほかの建物は県指定有形文化財となっている。



















屋根下の細かい垂木や花頭窓


「仏殿」の前にご祭神を守護する狛犬がにらみを利かせている。右側に吽形、左側に阿形で、体は黒色に胸辺りから下は白色で鈴のようなものを付けている。









































「仏殿」の横の通路から「足仏石」という石造物が置かれていた。これは、釈迦の足跡を石に刻み信仰の対象にしたものだという。




















通路の角には、いくつかの仏像が置かれていた。これは鎌倉時代には大乗寺が野々市にあり、富樫氏が庇護していたころの仏像か?
























こちらの仏像は平安時代のものだというからかなり古いものだ。        
























こちらは庫裏の入り口で、その手前に受付コーナーがあったが今日は僧侶たちの姿は全く見えない。
















再び大乗寺公園に戻り、少し散歩を続けた。ここで、もみじの葉の一部が真っ赤に紅葉している、私にとっては珍しいものを見た。



















大乗寺公園の入口にある階段沿いには白い「ヤマボウシ」が真っ盛りだった。












2021年5月20日木曜日

梅雨入り直前 大乗寺公園から大乗寺(1)

雨が降ったりやんだりの天気のだったが、大乗寺公園に散歩に出かけた。そして久しぶりに「大乗寺」まで足を延ばした。




















ツツジが終わり鮮やかな新緑が真っ盛りである。

公園管理事務所付近の花壇もきれいだ。



















金沢市内中心地の高層ビルもどんよりした天気でかすんで見える。



















「さくらんぼ」の実もかなり大きくなってきた。

































久しぶりに来た「大乗寺」の参道も濡れている。両側の苔もきれいだ。

































その手前の道路の脇には、いくつかの小さな石仏や地蔵さんが並んでいる。 





















ここにも「不許葷酒入山門」の石碑が建っている。仏教で禁止している匂いのする野菜や酒を食する僧侶が山門に入るのを許可しないということと聞いた。
























総門前の参道脇にも石仏や句碑などが置かれていた。