2021年1月2日土曜日

山中温泉(2)芭蕉堂 医王寺

 山中温泉(1)芭蕉の館の続きで、その後,大聖寺川に沿って遊歩道となっている「鶴仙渓」にある「芭蕉堂」を見に行った。

「しらさぎ大橋」から見た「黒谷橋」

8月1日に芭蕉は黒谷橋に出かけた。この辺りは、奇岩層列な景勝地である。翁は平石に座り渓流の音を聞き、吟行の中で「行脚の楽しみここにあり」と手を打って喜んだと山中の俳人自笑は記している。この橋はまた多くの人たちに見送られて翁が那谷寺へと旅立ったという。




















階段を降りると「鶴仙渓」に出てすぐに「芭蕉堂」がある。



















夕暮れ時になり、辺りが薄暗くなってライトアップされていた。
明治43年、金沢の俳人萎文は全国に呼び掛けて翁がこよなく親しんだこの地の芭蕉堂を建てて遺徳を偲んだ。




























その後、今日泊る山中温泉のホテルに行き、心身とも癒される気持ちの良い温泉に入り、美味しいものを頂き、4人での久しぶりの親交を温めた。
次の日は、皆と別れた後、山側にある芭蕉ゆかりの「薬師堂医王寺」に行った。



















手水鉢の横には、「包丁塚」と描かれた石碑があった。加賀調理師会が山中温泉の調理師が使う包丁を供養する塚だそうだ。



















お寺の沿革には「寺伝によると、聖武天皇 天平年間(729~748)僧行基が開基したものと伝えられている。承永年間(931~937)兵火に焼かれ、温泉とともに荒廃したが、健久年間(1190~1198)に至り長谷部信連が温泉を発見し、この寺を再興し一体の尊像 薬師如来を安置したとある。「山中節の一節に「東や松山 西や薬師」と唄われ、古くから温泉入湯客の心を身体の安らぎの寺として親しまれてきた。
真言宗 高野派 準別格本山 国分山医王寺と号す。通称「お薬師さん」」と描かれている。



















ちょっと変わった上に八角の屋根を持つ多宝塔がのった唐派風の屋根をもった赤い建物が本堂である。本尊は行基作と伝わる「薬師如来」である。他に重要文化財にの寺宝が多くあるという。
























7月28日、旅の疲れをいやした芭蕉は、夕方から薬師堂に参拝した。医王寺には「山中温泉縁起絵巻」が所蔵されており、おそらく翁も拝観したと思われるという。




































山側の岩肌に「釈迦三尊」や「天女」(?)などが彫られていた。



















山手側には「不動滝」と呼ばれる小さな滝が流れている。
























さらに別の滝の横に「水無山登山口」の案内板があった。水無山といえば、小学生の頃に叔父に連れられて、スキー場があった場所まで来たことをかすかに覚えている。