今回は、兼六園の風物詩となっている「雪つり作業」を見に行った。(11月1日)
この「雪つり作業」は、水分を多く含んだ北陸地方の重い雪から樹木の枝の折れるのを守るために考えられた方法である。今やこれだけでなく兼六園の冬の景色を象徴するものとなった大事なものとなっていて、ほかの庭園では見られない光景である。。
9時ごろから「唐崎松」の「雪つり作業」始まる予定だったが、少し風があったので近くの低木の「アカマツ」から始まり、そして「唐崎松」の上からロープを投げる一番見どころの作業は、11時頃くらいになった。私が兼六園に入ったのは11時10分ごろなのでで、タイミングよく見ることができた。周りにはすでに多くの人が集まっていた。
園内随一の枝ぶりを誇る「唐崎松」は5本の芯柱が立っており、高さ9mという一番高いところに庭師がすでに上っていた。この高い芯柱にどうやって登るのかも見たかったが。てんっぺの芯柱に股で挟んでいるだけで、何も捕まるところがない。作業をやっているときは前後左右に揺れるが、怖がっていてはとてもできない作業である。
作業は、9人の庭師がやっていて、木の途中の枝にいる人や、下にいる人もいる。てっぺんの庭師は長く垂れ下がった3本束の縄をたぐり寄せて、身を反らし反動をつけて必要なところへ投げ、下にいる庭師が受け取り、必要な枝の場所に縛り付けていく。
縄を投げた瞬間が縄が大空に舞うが、これがまさに雪つり作業の圧巻の場面で、その瞬間をとらえようと見物の人たちはカメラのシャッターを切る。この1本の芯柱から60回投げるので縄は60×3の180本で、これを下にいる庭師が位置を選んで枝に縛り付けていって、あのきれいな円錐状の形にする。
このつり方を「リンゴ吊り」という。ほかに根上松に代表される「幹吊り」や「竹又吊り」、「しぼり」の4種類がある。どの方法を使うかは樹木の種類や姿によって決まるという。園内では松やツツジなど約800本が施される予定で、作業は12月中旬まで続けられる。ちなみに使われる縄の総重量は約4tにもなるという。
この前で、お笑い系(?)の女性タレントと思われる人が、兼六園管理事務所長から「雪つり」解説を受ける場面をテレビに放映しようとしているようであった。
「リンゴ吊り」の由来は、西洋リンゴが明治8年に、石川県に入ってきたが、そのころの木は、今と違って枝が天に向かってのびていたが、たわわに実ったリンゴの実で枝が折れるのを防ぐために、木の中心に柱を立てて縄で枝を吊り上げていた。これとよく似ているのでそう呼ばれているという。
下の写真は「霞が池」の向こう側から「蓬莱島」越しに見える「唐崎松の雪つり作業」
2018年11月2日金曜日
2025年11月13日木曜日
唐崎松の雪吊作業見学
毎年、兼六園の唐崎松の雪吊作業が毎年11月1日に行われるが、その日は激しい雨によって、高いポールに上がるのが危険ということで4日になった。低木の木は先に始まっていた。
この日は最高の天気日和で、久しぶりに雪吊作業を見たいと思い、兼六園に出かけた。
雪吊作業をじかに見るのは10年ぶりくらいであろうか。
この日の霞ヶ池周辺の様子
午前10時ごろ「唐崎松」付近に着いたら、5本の雪吊のうち1本がすでに作業が終わっていて、2本目を始めるまでの休憩タイムであった。
既に作業が終わった雪吊とまだ作業が終わっていない「芯柱」で、この「芯柱」は約17m以上あり、細い棒を熟練した庭師さんがするすると先端に上がる。
唐崎松の近くの、少しことじ灯篭よりの曲水際には既に低木のマツ2本が雪吊がなされていた。この雪吊は11月1日になされたのであろう。
20から30分園内を廻った後、また唐崎松付近に戻るともう1本の芯柱の天辺に庭師が既に上がっていた。ビルで言えば5階ぐらいの高さになるであろうか。廻りに何も捕まるものはない
先端に登った庭師は長く垂れ下がっている縄を数本ずつ手繰り寄せ、身をそらして反動をつけて必要な所へ投げている。
唐崎松は「りんご吊り」と呼ばれるもので、芯柱1本に80本の縄を円錐状に縛るもので5本の芯柱に結ばれると、素晴らしい光景で兼六園の冬の風物詩として慕われている。「りんご吊り」の他に、「幹吊り」、「竹又吊り」、「しぼり」の4種類がある。
芯柱の天辺に撒かれた赤い縄は、作業者の腰にもまかれていた。これが何か危険があった場合の「命綱」である。
下に何人かの熟練の庭師がいて、投げられた縄を受け取り、梯子などを使い必要なな位置の枝に縛るっていく。芯柱の上から投げる人と、下にいて縄を受け突人との呼吸がぴったり合わないといい姿にできない。
吊り縄は、枝下の庭師によって弱い枝から順に吊られる。
吊り縄の伸びを考慮して、少し吊り上げ気味に吊る。
庭師さんだけでなく、この雪吊作業が安全に終わるように、周り見張っている人だろうか?
雪吊作業の紐の結び方はにはいろいろあるらしいが、そのひとつに「男結び」というものもある。兼六園の雪吊をする木は、多くあり、縄の長さは約250kmにもなるという。
2014年11月9日日曜日
兼六園 雪吊 唐崎の松 霞が池
兼六園の中で一番立派な枝ぶりをほこる「唐崎の松」の雪吊が毎年11月1日にあるということで午前9時に見に行った。5本の芯柱が既に立っていて準備万端になっていたが、天気が悪く作業が危険ということで11月4日に変更になった。
11月4日は別の用事があったので今年も雪吊の作業を見れなく残念だが仕方がない。
約800本の縄で枝を吊り、雪の重みで枝が折れるのを防ぐもので、兼六園の冬の風物詩となっている。庭師の一人が芯柱の天辺に立ち、熟練の技で縄をうまく下へ投げ、下にいる庭師がこれを受け取り、枝に結びつける。そして円錐状の形を作り、見た目も美しく、趣深い風情を醸しだす。
「北国新聞」より
11月5日に見に行ったら既にきれいな円錐状の雪吊ができていた。この吊り方を「りんご吊り」という。他に「根上松」などに付けられる「幹吊り」などがある。
「唐崎の松」は霞が池のすぐ上まで這うように伸びているので、ここは庭師が腰辺りまで池に入っての作業となる。
「霞が池」は13代藩主斉泰の時代に造られたが、標高53mの高台にあって水が満たされている景観はすばらしい。池の周りには樹木が美しいので、ここでゆっくり池を眺めていてもあきない。
そういえば、去年、12年ぶりに池底の清掃と護岸工事が行われ、水が空っぽの「霞が池」をはじめて見ることができた。また、藩政期に「百間堀」に水があった頃に、非常事態があった時に堀の水を上げるための「水落とし」という仕掛けを見ることができた。
(2013年7月28日撮影)
霞が池に浮かぶ大きな島は「蓬莱島」と呼ばれ、仙人が住むという不老長寿の島で、神仙島になぞられている。「唐崎の松」に向かって亀の頭をあらわす巨大な石があり、その反対側に尾のような石塔があるので「亀甲島」とも呼ばれている。「唐崎の松」は翼を広げている鶴の姿に見立て、島の亀、松の鶴と「めでたさ」を表しているという。
「霞が池」に浮かぶように造られている杮葺(こけらぶき)の建物は「内橋亭」で、江戸時代には蓮地馬場の馬見所にあったものを明治の初期にここに移されてという。兼六園のシンボルの「ことじ灯篭」と「虹橋」、「霞が池」の借景となっている。
兼六園の開園記念日の毎年5月7日の1日だけ一般公開し、茶会を開いている。また、「霞が池」の夜景を見ながらのコンサートある時などは、ここで演奏している。
「唐崎の松」の近くには曲水沿いに土橋の「月見橋」と赤松の袂に「月見灯篭」がある。ここから見る遠くに連なる山から出てきた月を眺めるのがもっと適しているからその名が付いたという。
11月4日は別の用事があったので今年も雪吊の作業を見れなく残念だが仕方がない。
約800本の縄で枝を吊り、雪の重みで枝が折れるのを防ぐもので、兼六園の冬の風物詩となっている。庭師の一人が芯柱の天辺に立ち、熟練の技で縄をうまく下へ投げ、下にいる庭師がこれを受け取り、枝に結びつける。そして円錐状の形を作り、見た目も美しく、趣深い風情を醸しだす。
「北国新聞」より
11月5日に見に行ったら既にきれいな円錐状の雪吊ができていた。この吊り方を「りんご吊り」という。他に「根上松」などに付けられる「幹吊り」などがある。
「唐崎の松」は霞が池のすぐ上まで這うように伸びているので、ここは庭師が腰辺りまで池に入っての作業となる。
「霞が池」は13代藩主斉泰の時代に造られたが、標高53mの高台にあって水が満たされている景観はすばらしい。池の周りには樹木が美しいので、ここでゆっくり池を眺めていてもあきない。
そういえば、去年、12年ぶりに池底の清掃と護岸工事が行われ、水が空っぽの「霞が池」をはじめて見ることができた。また、藩政期に「百間堀」に水があった頃に、非常事態があった時に堀の水を上げるための「水落とし」という仕掛けを見ることができた。
(2013年7月28日撮影)
霞が池に浮かぶ大きな島は「蓬莱島」と呼ばれ、仙人が住むという不老長寿の島で、神仙島になぞられている。「唐崎の松」に向かって亀の頭をあらわす巨大な石があり、その反対側に尾のような石塔があるので「亀甲島」とも呼ばれている。「唐崎の松」は翼を広げている鶴の姿に見立て、島の亀、松の鶴と「めでたさ」を表しているという。
「霞が池」に浮かぶように造られている杮葺(こけらぶき)の建物は「内橋亭」で、江戸時代には蓮地馬場の馬見所にあったものを明治の初期にここに移されてという。兼六園のシンボルの「ことじ灯篭」と「虹橋」、「霞が池」の借景となっている。
兼六園の開園記念日の毎年5月7日の1日だけ一般公開し、茶会を開いている。また、「霞が池」の夜景を見ながらのコンサートある時などは、ここで演奏している。
「唐崎の松」の近くには曲水沿いに土橋の「月見橋」と赤松の袂に「月見灯篭」がある。ここから見る遠くに連なる山から出てきた月を眺めるのがもっと適しているからその名が付いたという。
2019年1月26日土曜日
2019兼六園 金沢城の雪景色(1)
今日(1月26日)は、朝起きると金沢に数cmの積雪があり、大寒が過ぎたというのに珍しく今までほとんど降らなくて、待ちに待った雪なので(昨年は80cm積りうんざりしていたが)、早速、新雪の「兼六園 金沢城の雪景色」を見に行った。この日の観光客は、最近「兼六園の雪景色」はめったに見られなかったのでラッキーであっただろう。
まず、兼六園は「桂坂口」から入った。
下の写真は「桜が岡」
常盤が岡の「山査子」の木
日本最古といわれる「噴水」
「黄門橋」
虎石付近から見た「霞が池と唐崎の松」
「ことじ灯篭、霞が池、唐崎の松」
眺望台付近から見た「曲水、唐崎の松」
「月見灯篭、玩月の松、唐崎の松」
「曲水、雁行橋、雪見灯篭」
千歳台から見た「唐崎の松」
霞が池に浮かぶ「蓬莱島、内橋亭」
「明治紀念之標、手向松」
下の写真は「桜が岡」
常盤が岡の「山査子」の木
日本最古といわれる「噴水」
「黄門橋」
虎石付近から見た「霞が池と唐崎の松」
「ことじ灯篭、霞が池、唐崎の松」
眺望台付近から見た「曲水、唐崎の松」
「月見灯篭、玩月の松、唐崎の松」
「曲水、雁行橋、雪見灯篭」
千歳台から見た「唐崎の松」
霞が池に浮かぶ「蓬莱島、内橋亭」
「明治紀念之標、手向松」
2021年1月21日木曜日
大雪5日後の金沢の風景(2)兼六園
大雪5日後の金沢の風景(1)野町神明宮~広阪の続きで、広阪から「兼六園」に入った。今日は久しぶりに天気が良いが、あまり人がいないようだ。
https://kanazawa-burari.blogspot.com/search?q=%E5%99%B4%E6%B0%B4
「月見灯篭」、「玩月の松」の近くの曲水には松の木が映っていた。
「眺望台」から見える家々の屋根の雪により、いつもとは違う景色である。
木の高さが15mという「根上松」の雪つりは「幹つり」である。以前の「根上松」のブログ https://kanazawa-burari.blogspot.com/search?q=%E6%A0%B9%E4%B8%8A%E6%9D%BE
花見橋からみる「鶺鴒島」は加賀藩主の子孫繁栄を願ったものだ。
「金沢神社」の左義長の火 以前の「金沢神社」、「金城麗澤」のブログ https://kanazawa-burari.blogspot.com/search?q=%E9%87%91%E6%B2%A2%E7%A5%9E%E7%A4%BE
霞が池の「ことじ灯篭」付近の水面には、白い渦模様ができていた。雪の降った後にしか見れない光景だ。以前の「ことじ灯篭」のブログ https://kanazawa-burari.blogspot.com/search?q=%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%98%E7%81%AF%E7%AF%AD
雪つりで有名な「唐崎松」も木にはすでに雪が解けてしまっている。以前の「唐崎松」のブログ https://kanazawa-burari.blogspot.com/search?q=%E5%94%90%E5%B4%8E%E6%9D%BE
「雁行橋」の上に雪がこんもり載っていて橋の上が全く見えない。
「七福神山」付近の「雪見灯篭」の笠の上の雪は解けていたが、「雪見橋」も雪で全く見えない。以前の「七福神山」のブログ https://kanazawa-burari.blogspot.com/search?q=%E4%B8%83%E7%A6%8F%E7%A5%9E%E5%B1%B1
「明治紀念の標」の「日本武尊像」も寒そうだ。
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