広阪から真弓坂を上がると、すぐ左手に池があるが、この辺が蓮池庭である。
このあたりは藩政期以前から蓮(はす)が池や沼一面に生育していたので蓮池と呼ばれていた。その後、蓮池庭は5代藩主前田綱紀によって手を加えて庭が造られたもので、兼六園の中でも最も古く作庭されたところである。
ここは私が兼六園の中でも最も好きな場所で、いつ来てもすばらしい庭だと思う。兼六園の六勝のうちの幽邃(ゆうすい)、蒼古(そうこ)の趣があるところである。
ここの池を瓢池(ひさごいけ)と呼ぶが、池の中ほどがくびれていて瓢箪(ひょうたん)のかたちをしているからこの名が付いたという。
ここに茶亭夕顔亭があるが、1774(安永3)年に11代藩主「はるなが」によって建てられたもので、現存する茶亭で藩政期唯一の建物であるという。茶室内の壁には夕顔の透かし彫りがあるのでその名が付いたというが、柵がしてあり中に入れなかったので見ることができなかった。
茶室は通常外が見えなく閉ざされた空間であることが多いが、ここは滝や池庭を眺め、滝の音を聞いて茶を楽しむ趣向のなっているということである。そのたたずまいは侘びた茅葺の草庵の趣がある。
夕顔亭の周辺は露地となっていて、そこに藩政期の金工で有名な後藤程乗(ていじょう)が彫ったという「伯芽断琴」(はくがだんきん)という円柱形の手水鉢がある。
自らの琴の音を最も理解した友人の死を嘆き、一生琴を奏でないことを誓った名手伯芽の姿が浮き彫りにされているという。
また露地の通路の近くに竹根石の手水鉢が据えられていた。この石は竹の根の化石とか竹の形をした石だとかいわれてきたが、実際は太古のヤシ類の化石で学術上貴重な資料となっているという。
翠滝(みどりたき)が瓢池の対岸にあるが、この自然を生かした滝は観るだけでなく音を聞いて楽しむことが工夫されているという。滝つぼはなく一度落下した水は石に当たって広がり、霞が池から流れ出て瓢池に落ちる大滝で1774(安永3)年に夕顔亭とともに完成した。
夕顔亭前から眺める翠滝は兼六園の中でも最も景観の優れている場所のひとつである。
より大きな地図で 蓮地庭1 を表示
2013年12月27日金曜日
2019年1月27日日曜日
2019兼六園 金沢城の雪景色(2)
2019兼六園 金沢城の雪景色(1)の続きで、引き続き「兼六園の雪景色」を紹介する。下の写真は「根上松」
「龍石と椿」
「鶺鴒島」
梅林の「緋の司」(よく見ると小さな花が咲いている)
梅林の「ナンテン(実)」
梅林の「八重寒紅」
「霞が池、蓬莱島、内橋亭」
雪の花が咲いたような木
蓮池庭の「瓢池と翠滝」
「翠滝」
蓮池庭の「夕顔亭」
蓮池庭の「海石塔と翠滝」
蓮池庭の「瓢池」
「蓮池門」
「龍石と椿」
「鶺鴒島」
梅林の「緋の司」(よく見ると小さな花が咲いている)
梅林の「ナンテン(実)」
梅林の「八重寒紅」
「霞が池、蓬莱島、内橋亭」
雪の花が咲いたような木
蓮池庭の「瓢池と翠滝」
「翠滝」
蓮池庭の「夕顔亭」
蓮池庭の「海石塔と翠滝」
蓮池庭の「瓢池」
「蓮池門」
2021年1月21日木曜日
大雪5日後の金沢の風景(2)兼六園
大雪5日後の金沢の風景(1)野町神明宮~広阪の続きで、広阪から「兼六園」に入った。今日は久しぶりに天気が良いが、あまり人がいないようだ。
https://kanazawa-burari.blogspot.com/search?q=%E5%99%B4%E6%B0%B4
「月見灯篭」、「玩月の松」の近くの曲水には松の木が映っていた。
「眺望台」から見える家々の屋根の雪により、いつもとは違う景色である。
木の高さが15mという「根上松」の雪つりは「幹つり」である。以前の「根上松」のブログ https://kanazawa-burari.blogspot.com/search?q=%E6%A0%B9%E4%B8%8A%E6%9D%BE
花見橋からみる「鶺鴒島」は加賀藩主の子孫繁栄を願ったものだ。
「金沢神社」の左義長の火 以前の「金沢神社」、「金城麗澤」のブログ https://kanazawa-burari.blogspot.com/search?q=%E9%87%91%E6%B2%A2%E7%A5%9E%E7%A4%BE
霞が池の「ことじ灯篭」付近の水面には、白い渦模様ができていた。雪の降った後にしか見れない光景だ。以前の「ことじ灯篭」のブログ https://kanazawa-burari.blogspot.com/search?q=%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%98%E7%81%AF%E7%AF%AD
雪つりで有名な「唐崎松」も木にはすでに雪が解けてしまっている。以前の「唐崎松」のブログ https://kanazawa-burari.blogspot.com/search?q=%E5%94%90%E5%B4%8E%E6%9D%BE
「雁行橋」の上に雪がこんもり載っていて橋の上が全く見えない。
「七福神山」付近の「雪見灯篭」の笠の上の雪は解けていたが、「雪見橋」も雪で全く見えない。以前の「七福神山」のブログ https://kanazawa-burari.blogspot.com/search?q=%E4%B8%83%E7%A6%8F%E7%A5%9E%E5%B1%B1
「明治紀念の標」の「日本武尊像」も寒そうだ。
2015年1月8日木曜日
お正月 雪の兼六園(1)
今回は、元旦に約20cmそして今日の朝までにさらに数cmの雪が積もったので「お正月 雪の兼六園」の風景を見たいと思って行った。(1月2日)「金沢神社」と「成巽閣」の間の小路から入った。お正月は無料開放となっている。(石川県在住で65歳以上の人はいつでも無料)
学問の神様の「菅原道真」を祀ってある「金沢神社」の前は、受験生やその親たちであろうか長い行列ができていた。
境内には「志望校合格」や「必勝」などと書いた多くの絵馬が飾ってあり、拝殿の前には「合格祈願」のお参りしていた。それぞれ願いをこめて丁寧にお祈りしているので、最後尾に行列に並んだ人は一体どれくらい待つのであろうか。
「芋堀籐五郎」伝説で有名な「金城麗澤」付近
満々と清い水を満たしている「金城麗澤」は、隣の「金沢神社」は人で一杯だったが、ここは対照的に誰もいなかった。
梅林の中にある船の形をした「船之御亭」(ふなのおちん)には、一服している人が何人かいた。これは、5代綱紀が蓮池庭作庭の際に作られた4亭のひとつで、他の4亭と違って簡素なものであった。もとは眺望台付近にあり、日本海、河北潟、能登半島などの眺めを楽しむ四阿であったことが藩政期の絵図に描かれているという。ここは10数年前に再現された。
いつも抹茶とお菓子がいただける「時雨亭」は、正月の間は建物内部の見学だけで、無料であった。
ここは、藩政期には噴水の前にあったが、明治の初めに取り壊され平成12年に、この地に再現された。いつも抹茶などを頂ける大部屋の庭側の10畳と8畳、それに続く小さな「御囲」(おかこい)は、残されていた当時の平面図により復元したという。
この座敷から見る庭の雪景色は、いつも見るのと違った趣がある。
蓮地庭の「翠滝」は相変わらず大量の水が落ちている。「海石塔」の笠にはこんもりと雪が積もっている。ここは、やはり桜、紅葉そして雪景色の時期が見ごたえがある。
園内で一番古い建物の「夕顔亭」の屋根にも多くの雪が積もっている。瓢池に浮かぶように建っている「三芳庵水亭」の玄関前には、すぐ近くにある「翠滝」などの景色を見ながら食事をしようと待っている人がいた。
学問の神様の「菅原道真」を祀ってある「金沢神社」の前は、受験生やその親たちであろうか長い行列ができていた。
境内には「志望校合格」や「必勝」などと書いた多くの絵馬が飾ってあり、拝殿の前には「合格祈願」のお参りしていた。それぞれ願いをこめて丁寧にお祈りしているので、最後尾に行列に並んだ人は一体どれくらい待つのであろうか。
「芋堀籐五郎」伝説で有名な「金城麗澤」付近
満々と清い水を満たしている「金城麗澤」は、隣の「金沢神社」は人で一杯だったが、ここは対照的に誰もいなかった。
梅林の中にある船の形をした「船之御亭」(ふなのおちん)には、一服している人が何人かいた。これは、5代綱紀が蓮池庭作庭の際に作られた4亭のひとつで、他の4亭と違って簡素なものであった。もとは眺望台付近にあり、日本海、河北潟、能登半島などの眺めを楽しむ四阿であったことが藩政期の絵図に描かれているという。ここは10数年前に再現された。
いつも抹茶とお菓子がいただける「時雨亭」は、正月の間は建物内部の見学だけで、無料であった。
ここは、藩政期には噴水の前にあったが、明治の初めに取り壊され平成12年に、この地に再現された。いつも抹茶などを頂ける大部屋の庭側の10畳と8畳、それに続く小さな「御囲」(おかこい)は、残されていた当時の平面図により復元したという。
この座敷から見る庭の雪景色は、いつも見るのと違った趣がある。
蓮地庭の「翠滝」は相変わらず大量の水が落ちている。「海石塔」の笠にはこんもりと雪が積もっている。ここは、やはり桜、紅葉そして雪景色の時期が見ごたえがある。
園内で一番古い建物の「夕顔亭」の屋根にも多くの雪が積もっている。瓢池に浮かぶように建っている「三芳庵水亭」の玄関前には、すぐ近くにある「翠滝」などの景色を見ながら食事をしようと待っている人がいた。
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