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2015年8月9日日曜日

兼六園 眺望台 ことじ灯篭 

月見橋を渡ると東の方向は開けていて、眺望台がある。ここからは見晴らしがよく、真向かいの卯辰山、そして右方向に白山山系の一部と戸室山、医王山がはっきりと見える。




















海の方見渡すと、天気がよければ日本海が見え、さらに河北潟、能登半島が見えるという。こういう高台から景色のよい所を見ると気持ちがすっきりする。この高台は標高53mというが、この脇に水の流れがあり、「霞ヶ池」に満々と水がある。「眺望」と「水泉」は相反するものでるが、ここは兼六園の六勝のうちのふたつを兼ね備えているといわれている。




















そういえば、この眺望台をこよなく愛した異色の作家がいる。政治活動に取り組んだプロレタリア作家の「中野重治」で、四高の5年間で文学に開眼し、金沢を舞台にした「歌のわかれ」や「むらぎも」などの作品が有名である。下図は後に「歌のわかれ」の舞台の金沢を訪れ、四高時代および作品を書いた時代からの町の移り変わりを「五十年前と三十年前」という文章で描いたときの写真という。









「石川歴史館」より










曲水から流れてきた水がここで、折れ曲がって虹橋をくぐって、霞ヶ池に流れている。

また一方は水門をくぐって、石囲いの「大枡」(水の取り入れ口)がある。
ここから園路を横切って崖に向かって、石管が通っていて逆サイフォンの原理を利用して金沢城の二の丸まで水を送った遺構である。この「大枡」には、藩政期に三つの番所水御門があり、厳重に管理していたという。




















「大枡」から、この石が敷いてある下に石管が通っていて、金沢城まで水を引いていたと先日の「ぶらタモリ金沢編」で放映していた。


























虹橋のほうには小さな堰があり、そこを超えると「瀬落とし」といってわずかな段差があり、「瀬落とし」の瀬音は軽快なリズムを奏で、琴の糸のように美しいといわれている。




















この前に、霞が池に流れる所に「虹橋」と「ことじ灯篭」がある。ここは、霞が池、蓬莱島、内橋亭を借景として兼六園の中でも最も景観の優れている場所のひとつであり、兼六園のシンボルとしてポスターや絵葉書などに必ず載っている。




















「ことじ灯篭」は脚が二股になっていて、ちょうど琴を支える琴柱に似ているのでその名が付いたという。この灯篭は水面を照らすための雪見灯篭の変形で、高さが2.7m、1脚は水中にあり高さ1.9mで他方が護岸石組みのひとつの石に短脚を持たせていて、高さ0.8mである。明治の頃までは、二脚とも同じ高さだったが、誰かが飲んだ勢いでひとつの脚を折ってしまったので、現在のようになったと聞いたことがある。この脚の不均衡さがかえって、一種の破調の美を呈しているという。
「虹橋」は赤戸室石の反り橋で、琴の胴のような形をしていて、長さが5m、幅1.1mの一枚橋で、「ことじ灯篭」の破調の美と「虹橋」の曲線の美が一体となって優れた風景を醸しだしているという。




















藩政期の2本とも同じ脚の長さであった頃の絵図









石川県立歴史博物館「兼六園絵巻」より










春の新緑の季節、それに「ことじ灯篭」の傍らのモミジと一体となる紅葉の季節と冬の雪景色、いつきてもすばらしい景色が味わえる。

2015年9月4日金曜日

兼六園 虎石 サンザシ 噴水

数回前のブログの続きで、「ことじ灯篭」を見て、霞が池に沿って右側を少し歩くと「虎石」がある。霞が池の北岸のシイノキの木陰の前にあって、ちょうど虎が前足を低くしてほえている姿に似ているから、その名が付いたという。自然石で能登外浦の曾々木辺りの石である。3代利常が七尾から運ばせて、金沢城の玉泉院丸庭園にあったものを。後年、現地に移したと伝えられている。この石は獅子岩、龍石とともに兼六園の「要石」(かなめいし)で、兼六園を守る「魔除けの石」として知られている。他の要石に比べて一番、その虎に似ている石だと思う。




















その先に、私が好んで休憩する場所がある。人気の「ことじ灯篭」からすぐ近くにありながら、ここまで人があまり来なく、夏の暑いときでも木陰ができて涼しい所なので、のんびり休憩するのに格好の場所である。




















ここから「桜ケ岡」方向に歩くと、いくつも園路が分かれている角に「サンザシ」の木がある。この木はバラ科サンザシ属の落葉低木で、中国より持ち込まれたという。熟すると赤くなる果実は生薬、果実酒、ドライフルーツとして用途があり、盆栽の素材としても好まれているという。5~6月に白い花を咲かせ、黄色い実をつけ秋に赤く熟するという。高血圧、コレステロール、高脂血症など成人病の予防に良いとされる。そういえば、十数年くらい前に片町の「エルビル」の裏に「山査子」という居酒屋で飲んだことがあるが、今でもやっているのかなあ。






















http://www.ootk.net/shiki/TZ~RL/tokiwasanzashiQ3.jpgより

「ことじ灯篭」から「噴水」の方に緩く下る路に沿っていくと、左側に小滝(布滝)と浅瀬がある。ここは小鳥たちの格好に水飲み水浴び場になっているという。夏場は木陰があって、涼しげな場所である。


























この浅瀬の流れの先に、1861(文久元)年につくられた現存する日本最古の噴水がある。この噴水は上にある霞が池を水源にして、自然の水圧で上がっている。水の高さは通常約3.5mで霞が池の水位によって変わる。金沢城の二の丸に噴水を上げるための試作であったともいわれている。13代斉康は、庭園に噴水を楽しむという、従来にはない(欧米にはあったらしい?)新しい庭園の姿をやって見たかったのであろう。




















この噴水を上げている原理的なものは、下図を見ていただければその仕組みは分かると思う。霞が池の水面と噴水がある水面との高低差は5.1mあるが、噴水をどこまでどのように上げようとしたかは、ヒューム管の径やノズルの本数、絞りの組み合わせによって決まるという。その技は必要な噴水量や水頭バランスを計算して各部位を施工したのだからかなり技術レベルは高かったと思われるという。ノズルの周りの筒形台が外形は八角で内径が丸型になっているのも面白い。








兼六園研究会「きくざくら」より











噴水がある池の向かい側に、一面苔で覆われた平地があるが、ここが時雨亭跡である。時雨亭という蓮池庭の上屋敷があったところで、5代綱紀が政務を執ったところである。その跡地に6代吉徳が規模を小さくして蓮池御亭の改修を行った。この御亭では、観楓(紅葉鑑賞)、観月、茶の湯などの宴が開かれていた。この地は綱紀の起居していた所として遺徳を偲び、大切にされた所という。今は往時を偲ぶカシの古木がそびえている。この御亭は廃藩後撤去されたが、2000(平成12)年に長谷池のそばに当時の資料を基に再現されている。

2022年7月4日月曜日

早朝の兼六園(2)千歳台 霞ヶ池周辺

 今回は、前回の山崎山周辺を歩いた次の日に「千歳台 霞ヶ池周辺」を周った。

曲水に架かる「板橋」は、2枚の船底板を用いて互い違いになっている。三河の名所八つ橋を模して作られているという。橋の袂の両側には、ここにも「板挟み石」が据えられている。



















「霞ヶ池」のことじ灯篭と反対側から見る景色も素晴らしい。


















ここから「霞ヶ池」を掘った土を盛って作った築山で「栄螺山」がある。高さが9mあり、南方面の敵を見る高台としても使われた。グルグル回っていると途中に石垣が築かれている。


















上まで上がると、卯辰山や「霞ヶ池」が一望できる。


















「栄螺山」から「常盤ヶ岡」付近を周辺を見ると木々が生い茂り、奥山に入った「深山幽谷」の趣がある所である。


















屋根が傘の形をした避雨亭は通称「からかさ山」と呼ばれている。


















こちらからも「霞ヶ池」に映る「唐崎松」が見える。


















「栄螺山」のしたの通称「親不知」の池のほとりに、鯉のほかに珍しく大きな亀がいた。














まだ水が少ない「霞ヶ池」と、後ろの木々をバッサリ切って見やすくなった「ことじ灯篭」


















「ことじ灯篭」は後足が短く台の上に載っていて「破調の美」と言われるが、普段は台は水で隠れているが、その台もはっきり見える。


















「月見灯篭」と水辺に傾いている赤松の「玩月松」


















こちらからは、「不老長寿」の島「蓬莱島」越しに「栄螺山」が見える。


















200年前に壮大な御殿「竹沢御殿」があった広大な場所である「千歳台」


















「竹沢御殿」の書院から眺めるために、その時に作庭された庭園の「雁行橋」や「七福神山」


















金沢神社の拝殿前には、暑い夏を乗り切るための「茅の輪くぐり」が設置されていた。最近の神社でよく見かけるようになり、いつの間にかくぐり方を覚えるようになった。


2016年5月11日水曜日

兼六園開園記念日(1) 内橋亭

今回は、兼六園が1874(明治7)年5月7日に一般公開されたことにちみ、開園を記念して催しされ、この日だけ中に入れるということで「霞が池」に浮かぶように建っている「内橋亭」に行った。




















ここは、もと蓮池庭にあった4亭の1つで蓮池馬場の馬見所にあった内橋御亭で1776(安永5)年に建てられたと伝わるが定かではない。栄螺山の鬱蒼とした樹々を背景に、霞は池のどこからでも見ることができる。




















午前10時から始まるということで、混むと思い急いで行ったが、予定より遅れて20分前に着いた。
しかし、整理券をもらい、思ったほどでもなく4グループ目で11時20分から入れることになった。




















内橋亭の前で「兼六園のもみじ」の苗木を無料配布していたので、幸いにも頂いくことができた。




















11時20分にお待ちかねの内橋亭の玄関から8畳の間を通り、太鼓橋を渡って池に突き出た6畳の間の水亭に入った。




















いつもは霞が池の外から内橋亭を見ていたが、部屋の三方向が窓となって手摺があり、今日は内橋亭の中からその反対の霞が池の向こうを見ることができた。「千歳台」の広々としたところが見えた。




















別の角度からは「蓬莱島」や「唐崎の松」が見ることができた。「ことじ灯篭」付近は人が多くいた。
眼下の「霞が池」から見る景色はまた格別だ。




















部屋には「一期一会」と描かれた掛け軸やきれいな花が飾られていた。また、その横には師匠が作ったという小さな焼き物に金と黒漆を塗った「加賀獅子」が置かれていた。




















最初に「ことじ灯篭」と朱色は現在真っ盛りのツツジをあしらったという生和菓子が出てきた。
甘く、おいしく頂いた。




















続いて、茶道宗和流の師匠の横できれいな着物を着た小学6年生という子がお茶を点ててくれた。
こういう風流なお点前を見ることは私はあまりないので目を凝らして見ていた。




















私の前に出された抹茶が入った器は「織部焼」といっていた。いろいろな器が出てきたが、飴色のは「大樋焼」と分かった。作法もよく知らないが適当にまねして頂いた。よく慣れている人は「結構な○○でございました」などと言っていた。




















使用されたすばらしい茶釜や茶器、柄杓,棗、茶杓などが並べられていた。




















帰りに太鼓橋を渡ると風流な小舟が置かれているのを見た。




















記念に頂いた金沢の和菓子の「落雁」と配布された「兼六園のもみじ」の苗木




















普段は入れない部屋から見た新緑の兼六園や風雅な一服を頂けた茶会に参加してよい経験をしたと思う。

2014年2月11日火曜日

金沢城・兼六園の雪のライトアップ

この冬、金沢は12月、1月と雪がほとんど降らなく、家の前の除雪も1回しかやっていなかったが、昨日と今日は寒波襲来でようやく10~15cmの雪が積もった。
それで今回は金沢城・兼六園の雪のライトアップを見に行った。(2月6日)




















夕暮れ時で、金沢城の石川門の前の石川橋を渡っていると、大量のカラスが飛んでいた。前から金沢城の森の中にカラスの寝床があることは知っていたが、こんなにたくさん飛んでいると不気味な感じだ。昔の「ヒッチコック」の映画の「鳥」を思い出した。最近は温暖化のせいか九州地方にいる種類のカラスもいるらしい。




















石川門は搦め手門(裏門)であるが、今は金沢城のシンボルである。








































三の丸から橋爪門、五十間長屋、菱櫓、河北門を見た。橋爪門は今、改装中で裏の方はテントがかけられていた。








































続いて、兼六園のほうに行った。ここから眺める、金沢城および高石垣ははいつ見てもすばらしい。








































兼六園は昼間有料であるが、ライトアップのときは無料である。桂坂口は閉じられていたので、蓮池門口から入った。
足元も暗く、雪道は凍っていたので恐る恐る歩いた。日本最古の噴水もいつもと違うように見え、寒そうだ。




















兼六園のシンボルのことじ灯篭付近はやはり人がいっぱいで、その前にある虹橋を渡る際は足を踏み外さないように気をつけて歩いた。ことじ灯篭は借景となる霞が池、蓬莱島や内橋亭が暗くてよく見えないので、昼間見るほうがよさそうだ。




















兼六園のライトアップの最大の見所は、雪吊された「唐崎の松」である。ここはさらに多くの人が集まっており、カメラを撮る人でいっぱいだった。
暗くてよく分からないが、言葉からすると日本人ではなく、「春節」休みの中国人や雪が降らない国の台湾人であろうか?中国人は去年に比べて今年の「春節」休みに日本に観光に来た人が非常に多いと新聞で読んだ。「政治と旅行は別」ということらしい。
三脚を立てた立派なカメラで慎重に場所を選びながら撮っている人も多くいた。




















前の池に映っているのもカメラで撮れた。




















月見灯篭と雪吊




















雪のかぶった名木のライトアップも美しかった。








































「さざえ山」に上って霞が池、雪吊の唐崎の松も見た。さざえ山の階段は特に滑らないように慎重に歩いた。




















蓮池庭では「海石塔」はきれいに見えたが、「翠滝」は暗くて見えなかった。「瓢池」は半分氷がはっていた。




















このライトアップのイベントは冬だけでなく、桜や紅葉の季節にも開催されている。昼間に見る景色とまったく違った趣があるので、また是非来たいと思っている。
そして今、金沢の中にライトアップされた観光スポット(レトロな建物や町並みなど)があり見所がたくさんあり、「ライトアップツアー」や金沢を巡回する「金沢ライトアップバス」も運行されている。是非多くの人に金沢の夜景を堪能してもらいたいものである。

今日の散歩時間1時間20分、歩数5200歩でした。

より大きな地図で 金沢城・兼六園1「 を表示