2022年10月29日土曜日

金石・粟ヶ崎歴史探訪(2)金石 本龍寺など 

 金石・粟ヶ崎歴史探訪(1)金石 観田家住宅の続きで、、その後金石の町巡りを続けた。以前の2021年1月にもこの辺りを仲間や個人で巡っており、このブログでも紹介しているので、今回新たに説明を聞いたことだけを紹介する。

まず、「妙覚寺」の山門は、裏に回ると2階に梵鐘ががあり、「鐘楼」であった。この寺にもいろいろ曰くのあるものが置かれていることを前回のブログに載せている。

https://www.blogger.com/blog/post/edit/1994341432461821695/3780017024778591090

























続いて、夏祭りの最終地点である仮御殿「大野湊神社夏季大祭社殿」の近くにあるベンチは、2021年に擁壁や参道の改修工事を施工した際に、地中より出現した「たんころ石」と呼ばれている石材を再利用していると案内板に描かれていた。この「たんころ石」は、北前船に載せて運ばれてきたものと推測されるという。金石の町内に蔵や川の護岸として残っているという。当時を偲ばせる貴重な土木遺産だという。



















この近くの道路で見かけた「防火水槽」の蓋















続いてここも行ったことがある「本龍寺」に行った。ここの山門横には40m以上の長い土塀が連なっている。
以前の「本龍寺」のブログ
https://kanazawa-burari.blogspot.com/2021/02/blog-post.html

その土塀の奥に格子状の出窓があるが、これは「武者窓」と聞いたが、ここから海の様子の見張りをしていたという。












こちらが「本龍寺」の本殿前である。赤い制服の女性たちは、今回の金石巡りのガイドをしてくれた金石の人たちで、住職さんが玄関先で待ち受けていた。



















この寺で特に有名なのは、本堂の欄間には金色の龍が彫られていることである。その上の蟇股の上に獅子や仙人など細かい彫刻がされていて、藩政期の金沢における井波大工の活躍を示す遺構として貴重なものである


横の廊下には、金石の偉人である「安宅弥吉」のコーナーがあり、偉業についての説明版が置かれていた。先日、生誕150年を記念して「安宅弥吉」についてのシンポジュームが「赤羽ホール」であったのを聞いてきたばかりである。この境内には「安宅弥吉」のお墓もある。


















本堂外陣の前方の天井もすばらしい。


















内陣上の欄間の金の龍や由緒ある蟇股が見えないということで別の場所に「本龍寺」が置かれていた。
























また、別の場所の天井にはこの扁額の中に渦巻き状の龍が彫られていた。