2020年12月3日木曜日

那谷寺(1) 山門 金堂華王殿 書院庭園

今回は、昨日の新聞に紅葉が見ごろということが載っており、兼ねがね見たいと思っていた「 那谷寺」へ仲間と一緒に行ってきた(11月14日)。午前10時前に着いたが、チケット売り場はすでに多くに人が並んでいた。

十数年前に来たことがあるが、その時はまだ地元の歴史や文化などにあまり興味を持っていなかったが、今回は南加賀の古刹を見学するということでワクワクして来た。




















すぐに山門があり、正面には「自生山」の額が掲げられ、門扉には右側に口を開いた「阿形」、左側には口を閉じた「吽形」の仁王像が彫られ、邪気を祓っている。門の横に飾られた古い大きな仁王像はよく見たことがあるが、門扉に彫られた彩色の衣をまとった仁王像は初めてである。

























山門をくぐり、境内に入ると両側に杉の木立が両側にそびえる参道を歩く。ここの境内は自然智の森といわれている。
「那谷寺」は白山信仰の聖地として716(養老元)年に泰澄が建立したといわれ、1300年の歴史がある。白山開山も1300年、粟津温泉開湯1300年といわれている。
参道を通って最初に見える建物は「金堂華王殿」である。



















その隣に、「普門閣・宝物館」があるが、今日は残念ながら開いていなかったので、中を見ることはできなかった。




















「金堂華王殿」は全ての法会が行われる場所で、1990(平成2)年に再建された。十一面千手観音菩薩をお祀りする金堂は、鎌倉時代の和様建築様式、総ヒノキ造りで、南北朝の戦火で焼失以来650年ぶりの再建だそうだ。中はカメラ禁止だったので撮ることはできなかったが、京佛師。松久宗琳師作の十一面千手観音は、木曽檜の寄せ木つくりで7.8mと大きく金堂の中で厳かに鎮座されている。壁面は郷土出身の作家による神仏融合の白山信仰を表す作品が飾られている。



















続いて特別拝観の「書院」に入った。ここは、室町時代末期に起こった天正の戦乱で、諸堂伽藍が焼失したのち仮御堂として建てられたもので、1637(寛永14)年に前田利常が書院として再建されたものである。ここ一角にきらびやかな駕籠や細かい彫り物がされた衝立が置かれていた。




















書院と社務所の間の中庭の木々はきれいに赤く紅葉している。


















「名勝指定園」の「書院庭園」は、茶道遠州流の祖である多種多芸の天才茶人・小堀遠州の指導を受け、加賀藩の作庭奉行・分部ト斉に造らせたものだという。庭園内は苔に覆われ、飛び石は写真では藍色に光っている。また石を立て、灯篭や椎の老樹、杉の古木が配され、周りの木々は紅葉している。



















書院の格子から見た「書院庭園」