2021年8月3日火曜日

立像寺 ほうろく灸

今回は、寺町の 「立像寺」で「ほうろく灸」があるということで行ってきた。(7月25日)














「ほうろく灸」は、1年で最も暑い日といわれる「土用の丑の日」に行われる「頭痛封じ、中風封じ」の祈願だという。じっとしていても汗の出る土用の丑の日に呪文を書いた「ほうろく」を頭の上に乗せ「もぐさ」を置いて火をつけて邪気払いをする日蓮宗独特の秘法である。




















本堂内は初めて入るが、大変広く、犀川より南では「大乗寺」に次ぐ広さだと住職が言っていた。



















本堂の一角に「鬼子母神」が安置されているが、これは、兼六園の竹沢御殿にあったものを、13代藩主の生母栄燥院が廃藩置県となってここの持ってこられたという。梅鉢紋が所々に見られる。ここで今回の「ほうろう灸」が行われた。


































住職がお経を唱えている間、あたまにお灸をずっと載せているが、あまり熱く感じなかった。これで暑い夏を無事越せればありがたいことである。



















「鬼子母神」の隣に安置されているのは「日蓮上人」か?



















そして、金色の素晴らしい「立像釈迦如来仏」がある。



















本堂広縁の上方に駕籠が架かっていた。



















前回ここの境内を巡った時に、ここにあると聞いていた「キリシタン灯篭」がどこにあるのか分からなかったので、住職さんから聞くと塀の中のお寺の庭のような位置に置かれていた。分からないはずである。
「キリシタン灯篭」で、下方に彫られているんが「マリア像」と言っておられた。
























また、数学者(和算の祖)の「関孝和」の墓は鐘楼の裏にあることを聞いた。「関孝和」は筆算をはじめ、行列式や円周の計算方法で後世に多大な影響を与えた。
























前回のブログでも紹介しているが、ここの「鐘楼」は江戸時代には珍しい2階建ての入母屋造り桟瓦葺きで、1688(元禄元)年の頃に建立された。本堂・鐘楼とも江戸時代の社寺建築を代表するものである。
























山門を入るとすぐに、能登の出身で大相撲の6代目横綱阿武松緑之助の立派な墓がある。大相撲の金沢巡業の際には、関係者がお参りに来るという。江戸時代の有名な力士の「谷風部屋」、「雷電部屋」などはないが、現在でも「阿武松部屋」の名前が残っている。