前回に続いて、出雲大社から世界遺産の石見銀山に行った。
ここは江戸時代に世界的な銀の産地として栄え、坑道路や町並みが
世界遺産に登録された歴史町は見ごたえがあるという。
最盛期には世界の銀の産出量の1/3を占めたというから驚きだ。
江戸時代末期に閉山し放置された結果、手作業で掘られた坑道、
精錬工房など生産遺構や住居が手付かずの状態で残っている
という。
車で回れないので、バスが出る世界遺産センターに着いたが、バスが
行ったばかりで、次は30分後だというので、銀山公園に行った。
そこから電動自転車を借りて回ることにした。
電動自転車は初めて乗るので、はじめ戸惑ったがすぐに慣れ、坂道を
快適に走れるようになった。
自転車を降りて急な坂道を上がりと清水谷精錬所跡の石垣と穴が開いた
レンガ造りのものを見ることができた。
そのあと、龍源寺間歩(りゅうげんじまぶ)という坑道に入った。
入口は大変狭く、暗闇の中に掘った穴の跡がいくつも残っていた。
天井や壁にのみのあとが残っていたり、排水用として掘られた堅坑
もあった。
何しろ現在のような機械が無く、作業は大変な労力であったと想像がつく。
電照板で当時の様子を紹介していた。
出口の受付のおじさんにここの坑道のことをいろいろ説明してもらった。
そして銀が含まれている鉱石を見せてもらった。
坑道の近くにあった坑夫たちが安全を祈願した鉱山の守り神の
佐昆売山(さひめやま)神社の急な階段を登ってお祈りしてきた。
レンタル自転車が5時までだったので、その後歩いて江戸時代の
町並みが残る大森地区を歩いた。
そこには江戸幕府の代官所が置かれ、武家屋敷や豪商の屋敷などがあった。
特に熊谷家住宅は、ここの地区の最大豪商だったという。
道路には石見銀山の現在どの辺を歩いているか分かる、金属の道案内地図
がはめ込まれていた。
ここで江戸時代の商家を改築したという生活雑貨などをセンスよく並べてある
「群言堂」という店でコーヒと和風プリンで一服した。
石見銀山には午後6時過ぎまでいて、今日泊まる三瓶山のホテルまでは
30~40分かかってしまった。
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