2022年2月15日火曜日

昔のあかり くらしの博物館(2)

 昔のあかり くらしの博物館(1)の続きで、さらに「昔のあかり」展を見る。

1879年頃からエジソンが実用化した「白熱電球」が使われるようになり、日本には1885(明治15)年に輸入され、明治23年には生産が始まり、明治30年頃から室内に電灯が使われるようになったという。さらに1938(昭和13)年にアメリカで蛍光灯が発明され、日本では東京芝浦電気が1940(昭和15)年に完成し、1955(昭和30)年頃から広く使われるようになったという。




















電灯の二股ソケットは、私の小さいころに裸電球として部屋にあったのを覚えているので懐かしい。スイッチで明るさを切り替えられるようひもが付いていた。



















昔は天井などに陶磁器のガイシを使って電線を付けていたが、戦後には壁に埋め込まるようになり使われなくなった。しかし外にある電柱の上の方に昔よく見かけたものだ。子供のころに下に落ちたガイシの中の黄色の硫黄を燃やすと青色の炎が出て面白がっていたのを思い出す。
























電灯から「電気スタンド」や「懐中電灯」など用途に応じて、様々の形のものが出てきた。



















九谷焼の壺に照明が組み込まれた和風の部屋にあうオシャレなもの
























前面にやわらかい光を、背面の天井に光と影の花模様を映すデザインの灯火器



















金沢の正月のお菓子が展示されていた。「福梅」は江戸時代から前田家の家紋「剣梅鉢」を模って作られた粒あん入りの最中で、今でも正月のお菓子の代表的なものである。「福徳」は、正月用の縁起菓子で、ぱっと二つに割ると中から土人形や金花糖の人形などが出てくる。福寿草の形の「辻占」の中には、占いの文句が描かれた紙が入っている。



















子供のころに何度かやったことがある「旗源平」が置かれていた。これも昔から金沢にあった伝統的な玩具で、二つのサイコロの目で旗を取り合う戦争ごっこである。「1と5」が出ると「ウメガイチ 中旗1本」と仲間で言い合ったのを覚えている。


















「天神堂」のミニチュアで、男児の成長を願い正月に床の間に飾ったという。


















「初夢枕紙」は、枕の下に敷いて寝ると、良い初夢が見られるとして、大正時代のころまで神社で配られたという。


















その他に金沢の玩具として。「獅子頭」、「加賀八幡起上がり」、「加賀てまり」「加賀魔除け虎」や「花はじき」などがある。