2022年2月10日木曜日

昔のあかり くらしの博物館(1)

 今回は、飛梅町にある「くらしの博物館」で、「昔のあかり」の企画展があったので見に行った。ここの建物は、このブログでも紹介しているが、明治時代に建てられた「旧第二中学校」で、「 三尖塔校舎」の愛称で親しまれてきた。当時の姿をよく残していることで平成29年に国重要文化財に指定された。





















































まずは居酒屋でよく見る「やきとり提灯」(赤提灯)に昭和天皇の御大礼など奉祝行事に使われたという「奉祝提灯」や下の左にある明かりがついていないのは近江町の市姫神社の大黒祭りの時に家の前に立てられた「祭礼行灯」、そして下側の右は「ぼんぼり(雪洞)」は雪の洞穴に見立てたことからぼんぼりの名が付いたという。













古くから植物の油は明かりに使われ、江戸時代には菜種油が使われた。高い場所に置き、風で消えないように紙で覆われているものを「行灯」といわれる。上部の写真は「有明行灯」で、黒い箱の側面に満月、半月、三日月の穴があり、どちらを向けるかで明るさを調節できる。




















小型の灯明皿で、灯篭の中にいれたという「たんころ」があった。
そういえば「辰巳用水」の隧道を掘るときのあかりのために使ったのも「たんころ」と言っていたことを思い出す。



















現在はろうそくが日常的に使われるが、江戸時代は高価なもので、お祭りなど特別な時に使ったという。
和ろうそくと洋ろうそくでは材料と芯が大きく違い、様々の大きさがあり燃やす時間などで選んだという。ろうそく立てもさまざまのものがあり、「手蜀」や「燭台」も用途によって様々な形状がある。



















ガラスのあかりとして「ランプ」があり、石油を使う。本体の下に石油(灯油)を入れ、木綿の平芯を歯車で口金から上下させ火を灯す。石油はススが出るので、ガラスのホヤの内側が黒くなる。これを子供が毎日掃除したという。テーブルの上に置くタイプや天井から吊り下げるタイプなどがある。






































「カンテラ」はポルトガル語のカンデヤ、オランダ語のカンデラールが語源とされ、江戸時代は植物油を、明治時代からは石油を使った。ガラス板を使う四角い形が特徴で、携帯用として鉱山のトンネルの作業や夜の見回りなどに使われた。
























マッチは明治の初めにフランスに行った金沢の清水誠が日本で初めて国産化した。マッチ箱は喫茶店や食べ物屋などで配られたものだが、私も昭和40年代ころに集めたことがある。



















カーバイド(炭化カルシューム)に水を加えるとアセチレンガスが発生し、燃やすと高温の強い光を出す。下にカーバイドを入れ、上部のタンクに入れた水を少しづつ落としてガスを出す仕組みである。携帯用で夜釣りなどの使われた。