2021年11月23日火曜日

手取ジオパーク巡り(2)旧加賀一の宮駅 金名線

 手取ジオパーク巡り(1)弘法池 手取渓谷の続きで、「七か用水」を管理している「白山管理センター」の近くに「北陸鉄道石川線」の「旧加賀一の宮駅」の建物がある。今回は、ここ「旧加賀一の宮駅」と「金名線」について紹介する。昭和2年には、「神社前停車場」という駅名で始まったが、昭和12年に「金名線」と「石川線」の接続駅になり「加賀一の宮駅」となった。昭和59年に「金名線」が廃止され、「石川線」の終着駅として使用されたが、平成21年に石川線の一部が廃止され、82年の歴史を閉じた。令和元年に駅舎が改修され、2階建ての入母屋造り、唐破風の入り口を持った「白山比咩神社」の門前駅舎を意識した建物に改修し、今年「国指定有形文化財」に指定された。

































「鶴来」から「加賀一の宮」まで走っていた懐かしの電車や乗車券などの写真が貼られていた。



















また「旧加賀一の宮駅」で使用されていた備品が展示されていた。



















線路があったところは舗装された道路で「サイクリングロード」になっていて、「旧白山下」まで続いている。近くに自転車できている人が休憩していた。



















「旧加賀一の宮駅」から「白山下駅」までは14駅あり、手取川に沿って走っていた。1980年の旅客運賃表を見ると、「旧加賀一の宮駅」から「白山下」まで420円、「旧加賀一の宮駅」から「野町駅」まで420円と、ちょうど中間点だ。





































1926(大正15)年に白山下~八幡(郡上八幡)間の地方鉄道延長戦敷設申請がなされた。その後、終点が八幡から白鳥に変更されたという。下図はその一部で、他に「建設費用概算書」や「営業収支概算書」も提出された。白鳥からは「長良川鉄道」などと接続すれば、その名のとおり、金名鉄道(金沢~名古屋)が形成するということであった。しかし急勾配の山岳路線や営業収支などの、いろいろ困難が予想され、許可が下りず、壮大な夢は幻に終わったという。


















「手取温泉駅」は、「旧加賀一の宮駅」と対照的に洋風造りであった。以前は「手取遊園駅」として金名線が旅客誘致を目的に、北陸鉄道が昭和30年に開設した遊園地があったが、1970(昭和45)年に閉園した。子供のころにここへは来ていると思うが、あまり印象がない。その後、ここは「バードハミング」として、プールや温泉、宿泊所、ほかにテニスコートやバーべキューコーナーがあり、私も10から25年くらい前にテニスの大会や合宿などで何度か利用した。

















「白山下駅」で折り返しを待つ電車と、ここから白山登山のための「市ノ瀬」へ行くバスが出ていた。「白峰」や「一里野」ゆきもあったのであろうか(?)写真の左端のバスはまだボンネットネットバスである。