2019年5月18日土曜日

梅庵 耕雲庵

「旧中村邸」を見た後、隣にある茶室「梅庵」に行った。門の木戸や竹で作られた柵などは風流な玄関である。



















この茶室は、昭和40年に終戦20周年を記念して、中村酒造の先代社長中村栄俊が、中村記念館の移築寄付を行った際に、庭園とともに寄棟、瓦葺の茶室一棟を庭の西隅に新築し、市に寄付したものである。
梅庵の席名の由来は、露地に紅白の梅を植えこみ、風情を添えたことからきているという。



















茶席は八畳の広間と三畳中板の小間との二室からなる。広間は故谷村庄平の監修によるもので、天井の格調は裏千家の寒雲亭の様式を取り入れたものだという。






「金沢の茶室」より













「金沢の茶室」より












本多公園の崖下にあり、辰巳用水の清流がその横を流れ、茶室にいると深山に居るような感じさえして街中にいるとはとても思えぬ風情がある。貸し茶室として多くの茶会などに利用されている。
























ここの茶室の前の蹲踞にある手水石


中村記念美術館の奥には茶室「耕雲庵」がある。ここは、江戸末期の豪商、木谷藤右衛門が京都の数寄屋大工に建てさせたといわれている。大正初期に高岡町の横山家邸内に移築され、その後、清川町を経て寺町の中村家へ移築された。「茶の湯を通じて金沢の伝統文化に貢献したい」という中村榮一郎氏より金沢市が寄贈を受け、平成13年8月に移築された。



















「耕雲庵」は永平寺を開いた道元禅師の「山居之詩」の一説「釣月耕雲」から名付けられたという。
ここには以前に私の所属している仲間と一緒に「茶話会」を開いたときに入ったことがある。下の写真はその時に広間の畳床を撮ったものである。



















茶室には、四畳半切の下座床、本勝手で、庭に面して貴人口があり、反対側に方立の茶道口が付いている。






 「金沢の茶室」より













「金沢の茶室」より












広間から庭園を見た3月ごろの写真で、樹木にまだ「雪つり」がなされている。



















これは、「中村記念美術館」の喫茶室からみた「耕雲庵」の庭で、苔庭や木々の新緑がすばらしい。