「一寸一パイ」ののれんがかかっていて、呑んべいにはついつい入るたくなる店構えである。
ここの店は、創業昭和11年というからもう80年くらいになる。私は今までに何度か入ったことがあるが、今回は数年ぶりのような気がする。寒い冬には私は「おでん」と「熱燗」が大好きである。
昔、東京にいた独身時代に、残業で遅くなった帰りに、会社の仲間とよく焼き鳥やおでんを食べながら飲んだことを覚えている。
今回は、午後6時前に入ったので、まだ人が少なくカウンターのおでんをだし湯で煮ている前に座わると、いい匂いが漂ってきた。しかし、10~20分で多くの人で一杯になった。関東風と関西風の中間という味のだし汁で、生姜味噌に付けて食べるのが「高砂流」で金沢の他のおでん屋とひと味違う。「だいこん」、「ちくわ」、「たまご}や「こんにゃく」など串に刺されて煮込まれていた。
この店での有名なのは「牛すじ」で、多くのものが串に刺され煮込まれていた。柔らかく程よい味加減である。
定番の「だいこん」、「ふかし」、「ふき」そして大きな「かんもどき」とやはりこの店の特長の大きな「ばい貝」などを食べた。刺身でも食べられるという新鮮な「ばい貝」の殻から店員さんは手際よく身を出してだし湯に入れていた。
熱燗はコップに表面張力ができるほど目いっぱい入れていたが、さすが慣れている。コップを手でとって呑むわけにはいかなく、口をコップに迎えにいって呑むしかない。私がテレビで好んで見ている番組の「吉田類の酒場放浪記」を思い出した。でも、この店で前に飲んだときは枡の中のコップにお酒を枡にこぼれるくらい入れていたと思う。
友人と近況報告をした後、周りの人と話すると、大阪や福井の人のほかに香港の人もいた。ここは地元の人だけでなく、いろいろな地方からの観光客や出張族なども大勢いて、いろいろな話を聞けるので面白い。
この店には有名人がよく来ていてテレビに出たこともあり、有名人の講演の中で「高砂」で飲んだ話を聞いたことがある。
ここの女将についてはよく知っていて、私が学生時代であった50年近く前に来たことがあり、そのときは先代のお父さんと一緒にやっていて美人で「看板娘」であった。この人目宛に来るお客さんもいたという。
私の義理の姉と若いときに軟式テニスのペアを組んでいたし、5人の娘を育て、いずれも美人揃いで店の手伝いをしていた。今回はそのうちの一人の娘さんが手伝っていた。女将さんは「私が6番目の娘です」と言って笑わせていた。
ほかの街のおでん屋は店の脇のコーナーあったり、屋台など簡単な店が多いが「金沢おでん」はきちんとした店構えで老舗が多いし、全国一で人口の割には店が多いと聞いている。もう少し「金沢おでん」について話したいので次回に紹介する。