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2025年5月13日火曜日

大乗寺公園 兼六園などのツツジ

今回は、ツツジが盛りを少し過ぎたかもしれないが、各地で見事に咲いていたので掲載する。(5月9日)

まずは大乗寺公園は、白やピンク、赤などグランドの周りがツツジで埋め尽くされていて、今年もいつもながら素晴らしい眺めである。ツツジを見ながら何人かの人たちが散歩していた。



















白の花弁に中央がピンク色


















こちらは紫のツツジ


















ツツジの絨毯越しに金沢市内の眺望がよく見えてすばらしい。
























随分前に見に行った「彦三緑地」のツツジ・牡丹

桜の木にはよく見ると小さな実がなっていた。



















兼六園のツツジは、丸く刈り込まれたツツジがあちこちにある。



















「花見橋」付近のツツジ


















霞ヶ池の「蓬莱島」付近のツツジ



















その横に白いツツジ越しに「内橋亭」が見える。


















新緑の木々が生い茂る「黄門橋」付近には珍しく朱色の花が咲いているが「サツキ」か(?)
























「時雨亭」付近にあった白い花は「シャクナゲ」か(?)



















「広阪」の坂の途中に見えたツツジ



















街路樹のツツジは、きれいに直方体に剪定されている。


















2021年6月19日土曜日

昌永町・京町界隈(2)

 昌永町・京町界隈(1)の続きで、その後「彦三大橋」から浅野川沿いの右側の道を歩いた。すぐに「中島用水」の標柱があった。「元禄11年 藩命により完成されたといわれる用水で かっては旧中島町の浅野川岸から取水していたのでこの名が付いた」とあった。

























取り入れから少し先だけ開渠となっているが、「広誓寺」前付近はずっと暗渠となっている。
























ある家の裏庭には草木がいっぱいで、さらに大小の灯篭や石などが所狭しと置かれていたは、造園業の庭であろう。



















さらに向こうに見えるのは「昌永橋」で、「七つ橋渡」の最後の橋である。



















幕末の頃には、「中の橋」と同じように「一文橋」の木橋があったらしい。その木橋は何度も流失している。
大正時代に「昌永橋」が開通したときの祝いで多くの人が集まった写真



















東大通に戻ると、通りに面して町屋風の建物に大きな薬局があった。店前にいろいろな商品のポスターが貼られていて、私もちょっと使いたいと思うようなものがあったので、店の店員に値段を聞いたら、あまりにも高いのでやめた。
また、ここからは「中島用水」が開渠になっていて、北陸鉄道を超えて「城北水質管理センター」を巡るようにして流れ、あとは農業用水となって、磯部、松寺町地内を流れて「大宮川」に合流している。
























「東町」交差点の前の道路に入ると大きな病院「城北病院」の建物がある。この辺りでは「金澤社会保険病院」とならんで大きな総合病院である。



















さらに奥には、北陸新幹線・北陸鉄道の高架橋が見える。
























高架橋の手前を左に曲がると「応化橋」に出る。右に曲がると「乙丸陸橋」の方面になる。



















近くの広場にタイヤを柵にした面白い緑地があった。




















この辺りにも藩政期からある路地と思われる曲がりくねった細い道と坂がある。
























また「中島大橋」に戻ると、下流側に「応化橋」と北陸新幹線の高架橋が重なって見える。


2017年2月19日日曜日

彦三町界隈 金沢町屋巡り(1)

今回は、フードピア金沢 2017として「金沢町屋周遊ツアー」の「彦三町界隈ツアー」に参加した。(2月11日)「彦三緑地」に集合で、約十数人が参加した。この日は数cmの雪が積もった後で、かなり寒い日となった。予定通り10時30分に出発した。



















この町は、加賀藩の重臣「不破彦三」とその家臣が住んでいたのでその名が付いたという。2,3年前までは、土地の公示価格で金沢市の住宅地のトップだったかと思う。新幹線が金沢まで開通したことにより、駅前の本町の方にトップは譲ったはずだ。武蔵や近江町市場に近く、買い物が便利だし、閑静で住みやすい場所なのだろう。



この辺りは、昭和2年の「彦三大火」があった所で、ほとんどがその後に建てかえられた町屋(昭和25年以前に立った家)として風格のある家が多い所である。
この家も武家系の近代和風住宅の立派な家である。



















この中に、今春オープンするという彦三町の小路にある1棟貸しの町家宿が2軒並んで建っている。右を「金の間」、左を「銀の間」の家と呼んでいる。



















小さな庭とベランダが付いている。庭でのバーベキューなどできるようになっている。



















食事は付かないが、コンロなど台所が完備されているので、自分たちで作るのもよし、近くへ食べに行くのでもよい。近江町市場や食べ処が近いので何ら問題はない。
値段は4~5名で泊まって7,8000円/人くらいだと言っていた。多くの人数で泊まればそれだけ安くなる。



















「金色の壁」に金魚が描かれた部屋や「紅殻色」の壁の部屋などがあり、これから外国観光客が多くなるということで、こういうきらびやかな純和風の所で泊まりたいだろう。「暮らすように泊まる」というのがキャッチフレーズだ。

































隣の「銀の間」の近代和風住宅の玄関



















こちらには「銀色の壁」に金魚が描かれた部屋や「群青色」の壁の部屋がある。これから外国観光客がどれだけ利用するのか興味がある。

































こちらは、近代和風住宅に洋風の建物がくっついている。こういう建物も昔よく見かけ、医院などが多かったが、ここは何だったのだろうか?

2016年5月7日土曜日

旧母衣町界隈 彦三緑地2016

今回は、彦三緑地のツツジが見ごろということで、旧母衣町界隈を歩いた。(5月1日)
新町から小橋方面を歩くと最初の四つ角に土塀をもった屋敷がある。




















この辺は、昭和2年に大火があったがここだけは残ったという。200石の侍で新番組御徒小頭を勤めた「野坂邸」という加賀藩士の家である。1830(文政13)に屋敷替えにより現在の家に移り住んだという。建物はそれ以前の文化のころにできたものと推定されるという。、母屋、長屋門、土塀は当時のものだという。長屋門、土塀の役石は戸室石を用いた旧来の玉石積みである。修繕はあったものの旧態をよく残している。




















母屋の座敷と仏間の間にある丸窓は、金谷御殿を解体する際にもらい受けたものであるという。(当時、金谷御殿の御用達人だった)現在は金沢市指定保存文化財である。ここの中は、武家屋敷の茶の間、居間、座敷、仏間など特徴をよく残しているということであるが、現在も普通に生活しているので見ることはできない。




















「野坂邸」の斜め向かいに以前にも入ったことがある「彦三緑地」がある。ここは、藩政期には1350石の「遠田家」の屋敷であった。
http://kanazawa-burari.blogspot.jp/2013/05/blog-post_9.html




















この日(5月1日)はツツジが見ごろできれいに咲いていた。私はツツジとサツキの違いはよく分からなかったが、開花時期がツツジが4月~5月上旬であるが、サツキは5月~6月ぐらいだという。




















深紅のツツジはキリシマツツジか?




















「ヤマツツジ」は朱色で一重咲きである。




















花びらの中心が濃いピンクで周りが淡いピンク色の「アケボノツツジ」




















ピンク色の「コマチ」は、あの美女として名高い「小野小町」にちなむ名前であろう。




















そのほか多くの種類のツツジが咲いていた。

その後、旧母衣町を歩き浅野川方向に行くと、右手の紅殻色に町家を改造した2階に「素都」というカフェがあったので、そこに入った。




















テーブル席には「ひがし茶屋街」より、静かなこちらのほうが好きだというお客さんが座っていたし、カウンターには近所の常連さんが座っていて、ここのママさんとずっと話をしていた。以前はパーマネントの店だったが、町家を改造してカフェにしたという。
町家を改造するにしても、「行政は外観の1/3だけを助成してくれるが、内装は自分たちでやらなければならない」と言う。行政は古い傷んだ町家の修復を勧めているが、一筋縄ではできないということだ。




















本なども並べられており、のんびり本を読んで過ごすのもよい。テーブル席や奥の畳の部屋からは「彦三緑地」のツツジが眺められる。
ちなみにここは、夜には「BAR長屋」となり、雰囲気もがらりと変わるという。