2026年3月19日木曜日

山中温泉(1)街並み 久谷磁器窯跡 久谷ダム

2月末に 久しぶりに山中温泉に行ってきたので、ついでに見てきたところを紹介する。着いた時間が昼時だったので、蕎麦屋に入って一服した。なかなかおいしかった蕎麦だった。



















街中を少し歩くと、元禄時代に松尾芭蕉が「奥の細道」で山中温泉に9日間逗留したという長谷部信連ゆかりの「泉屋」跡の標柱が立っていた。
























山中温泉の昭和初期の様子や大火があったことの写真など掲示されていた。その頃以前から山中尾根戦はかなりにぎわっていたようだ。
南加賀の北前船の人達は、冬の海に出られない間は山中温泉などで長く休養していたと聞いたことがある。
































ここからどこか見る所がないか「イラストマップ」で見たら、まだ行っていない「久谷磁器窯跡」が描かれていたので、そちらへ行くことにした。
山中温泉から大聖寺川に沿って上流側の道を進むとダム湖があり、さらに進むと右手にいくつかの焼き物の釜が見えた。
























雪に埋もれていたので近くまで行けなかったが、地図から見てもこれが「久谷磁器窯跡」であろう。比較的新しそうだったので復元された釜であろうか?
大聖寺藩主の前田利治が領内の陶器を発見したのを契機に、磁器生産を企画、1655(明暦元)年ころに久谷のこの地に窯を築き色絵磁器生産が始められたのが九谷焼のはじまりという。


















案内板もあるはずだが、雪のためどこにあるのか分からなかったが、その入口らしき建物が見えた。


















近くを荒々しく流れる「大聖寺川」で、さらに上流に行くと二つの大きな滝があるという。


















「大聖寺川」と福井県境の雪山が見える。


















ダム湖に架かる長い橋は「日置橋」


















「久谷ダム」の上流側






































この「我谷吊橋」は「我谷ダム」の建設に伴い、ダム湖を渡す吊り橋として架けられた吊橋である。富士山によく似た「富士写ヶ岳」(標高942m)の登山口でもある。