前回の上・下近江町の近くの十間町に古美術商「谷庄商店」がある。レトロな洋館と和館が並んだ特徴のある建物である。
その前は安江町に店があったが「彦三大火」で焼けてしまったので、昭和2年にここに建てられたという。洋館の道路側には、2階に上面がアーチ状の3連窓と下には大きな窓になっている。
谷庄商店は初代が明治元年に本町に創業し、金沢で盛んな「茶道具」を中心に古美術品を販売し、古美術品の鑑定も行っている。2代目が「金沢美術倶楽部」を創設し、会長となって茶道・工芸の町金沢の古美術品を引っ張っている。ピンクの洋館の玄関の戸を開いて「ちょっと中を見せてください」と言うと、現在の6代目らしき人が「どうぞお入りください」と親切に言ってくれた。
茶道具の店らしく中は茶室のような展示室兼応接室で、壁や床の間、床柱などなかなか風流な雰囲気である。金屏風や掛け軸などもすばらしい。
ショーウィンドウの中には、高級そうな器などが並べられていた。
「加賀の麩不室屋」の本店の裏には、かなり壊れかかった謎の建物がある。
金沢の中心地でありながら、このような家が残っているのは珍しい。ここは、昭和20年代まで小児科医院(?)をやっていたらしい。その医者のお爺さんが亡くなり、その後お婆さんが昭和40年代まで一人で住んでいた。その息子家族は東京に住んでいて、夏休みには帰ってきていた。お婆さんが亡くなってからは空き家になっていたが、時々孫たちがここに住んで清掃などをしていたようだ。
南京板下見張りの壁面で、上げ下げの窓に上部に飾りがついている。下面の方は縦張りの板でさらに狭い石垣になっている。この建物は明治20年代の頃のものではないかといわれている。
医院の隣が自宅だったが、ここも荒れ果てていた。2階は出窓が付いているし3階には天窓が付いた小さな部屋になっている。玄関前は鉢などが置かれ簡単には入れない状態である。
この壊れかかったレトロな建物を改修して、何とか維持して行ってもらいたいものである。