今回は、尾張町の通りの裏にある小路の旧新町、主計町を歩いた。
(ただし、下新町は旧町名復活している)
旧新町の小路のつきあたりに建っているのは、精進料理の寿屋である。
ここは法事のときなどに、何度か入ったことがある。
もと羽二重問屋として利用されていたものを、昭和8(1933)年に
購入し、精進料理屋としたものだ。
外観は、大きくきれいな黒瓦の屋根で、木虫籠(きむすこ)や黒漆喰の
正面と調和して、藩政期の面影を残している。
店の中の座敷や仏間など藩政期のもだという。なんとも趣のある部屋
だったことを記憶している。
またこの当たりは旧博労町といって、その名前の由来は、藩政期に伝馬役所
があり、馬を売り買いする博労たちが住んでいたからという。
旧新町の町並みは、戦前からの古い町屋が多く、この小路は私の幼稚園時代
に友達はいたのでよく来たし、泉鏡花の小説にもよくでてくる。
彦三方面に少し曲がったところに、加賀友禅の「木倉や」がある。
ここの店は加賀友禅の「花嫁のれん」、小物やバックなどきれいな模様が
描かれたものが並んでいた。
創業は、天正7(1579)年というからかなりの老舗である。
店の話を聞きたく入ったが、店員がお客さんとずっと話をしていたので
聞くことができなかったのは残念だ。
橋場方面に歩いていくと、泉鏡花の生家に建つ泉鏡花記念館があるが、
ここは、また後日はいることとし、向かいの「佃の佃屋」に入った。
ここは、佃煮を売っているが、特に「ごりの佃煮」と「くるみ煮」が有名である。
子供の頃からよく食べたが、独特の味、食感がある。
最中の中に入った佃煮はお湯をかけて食べるお茶漬けとして人気があるという。
ごりは清流にしかいないというが、昔は浅野川でもよく捕れたが、
今はまったくいなく、琵琶湖か北海道のものだと店員が言っていた。
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